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健康一般


・前立腺肥大対応手術の半年経過状況報告(投稿者:戸田冬樹)

・(体験報告)前立腺肥大対応の手術(投稿者:戸田冬樹)


・右足小指骨折
(投稿者:宮崎弘徳)


健康+介護予防トレーニング11年
(投稿者:宮崎弘徳)

前立腺肥大対応手術の半年経過状況報告   戸田冬樹
小生は今年(2017年)1月20日に前立腺肥大対応の手術を受け、退院した日(1月24日)に入院中の経過報告を各位にお伝えしました。 (内容は、前回投稿参照)

高齢男性の同病者が多いせいか、当該報告への反響は大変に大きく、半年後の経過報告をぜひして欲しいとの要望が複数件ありましたので、6ヶ月後の本日謹んで報告を申し上げます。

 

結論から申しますと、手術に踏み切ったことは正解でした。実のところ、もっと早く対処しておれば、それだけ良かったのにと思う次第です。

それまで世話になった泌尿器科の町医者は、患者の様子を聞いて薬の処方をすることを繰り返し、一回も手術を勧めませんでした。昨年の末に小生の方から「手術を受けたい」と申し出て、「それなら信頼できる医療機関を紹介する」という運びでした。穿った見方をすれば、手術をさせることで患者を一人失うということでしょうか。

 

さて1月24日退院から半年の経過について、以下に申し述べます。

 

手術は尿道の先から管を入れて、内視鏡でモニターを見ながら、内蔵している電気メスで前立腺の内部を削り、最後にその削りカスを吸い出すという方式で((経尿道的前立腺切除術(TURP))と呼ばれるものです。

 

手術から入院中の報告において、痛みの具合について全く触れなかったので、ここに補足します。

数時間で下半身麻酔から覚めた後、下腹部に鈍痛がありました。その晩、このままでは寝る上で落ち着かないと思い看護士に申告したところ、「痛み止めの座薬」が処方されているということで、ひとつ使いました。

翌朝からは目立った痛みは感じなかったので、痛み止めはそれきりでした。

 

退院時にしばらく自転車にのらないこと、熱い風呂に入らぬこと、酒を控えることの注意を受けました。

 

手術の二日後に、尿道に挿入されていた管を抜き、以降自然な尿意による排尿に任されたわけですが、直後は血尿が続きました。しかしあらかじめ教えられていたレベルの範囲内だったと思います(出血が多いと、イチゴジュースのようになると言われましたが、紅茶くらいの感じでした。)

入院中は、飲んだ水分の量と、排尿量をチェックする毎日でしたが、退院後はそうしたチェックは必要なくなりました。しかし夜間や昼間の排尿回数は減らず、意外な感じがしました。

手術をしたことで、排尿の勢いが強くなりました。術前は、ちょろちょろ出ていたものが、急に勢いが強くなったので三日間ほど沮喪をしないようにコントロールに苦労しました(排尿関係を押さえる筋肉が鈍っていたのでしょうね。徐々に対応できるようになりましたが)

 

2月1日に術後初めての外来を受診しました。

この時点で晩酌の許可が出ましたが、1ヶ月後の3月2日に再外来となりました。

主治医の古田先生によれば、他の外科手術と違って切っただけで縫い合わせなどしていないので、出血はしばらく続くということでした。また傷が治る過程でカサブタが取れるので、そうしたものが排尿に混ざるという指摘もありました。あわせて、切った周囲にムクミなどがでることで、全般的に状況が落ち着くには2~3ヶ月かかると言われました。

血液検査、残尿量検査などを実施し、特に問題はありませんでしたが、4月6日に再外来となりました。

4月6日にPSA検査をしたところ「0.49」となり、昨年末の「4.6」から大幅に改善していました。

当日の外来をもって無罪放免となりましたが、排尿回数は 夜間 2~3回で思ったほどの改善ではありませんでした。

主治医の言うには、高齢化などで膀胱の弾力性が低下していると、貯める力が落ちて排尿回数を多くする。またこれまでの状態から気持ちの持ちようによって排尿頻度に影響することもあり得ると。

 

6ヶ月経過した現在、夜間の排尿回数は平均2回、昼間の排尿間隔も以前よりは落ち着いていますので、排尿の勢いが良くなったことと合わせると、全般としてまずまず従来より改善されたなと感じています。

加えて、残尿量が少なくなって(術前は排尿後に100ML強の残尿があったのが、術後30MLレベルに減った)、気分的なすっきり感があり、体中の老廃物が永く滞留していないことで体にも良いように思われます。

現在は薬剤の服用もありませんので、前立腺のことは忘れたレベルに至っています。

以上をもって6ヶ月目の報告と致します。                       (了)

                      2017.07.21

 



 
今年の冬は平年並みの気温なのかもしれませんが、暖冬傾向に慣れた身には寒さが身に凍みますね。特に昨日、今日は空気が冷たかった!
さて 小生、これまで二十歳過ぎの多感な頃に、恋に破れて胃潰瘍を患い3週間ほど入院したことがありますが、手術を受けたことはありませんでした。
しかしこの10年ほど、前立腺肥大を抱えて薬物療法を続けて参りましたが頻尿の改善がはかばかしくなく、「クオリテイ オブ ライフ」に響くものですから、体力のある内にと手術に踏み切りました。
ひとりの高齢者の健康談議は平凡ですが、男の宿命のような病気ですので、経験談を以下に申し述べます。

この19日に 狛江市の慈恵医大第三病院に入院、20日に手術、そして本日24日、おかげさまで退院して参りました。
手術は尿道の先端から管を入れて、内視鏡で映像を確認しながら内蔵された電気メスにて前立腺(栗のような形)の内部だけを削るという
手術方式で、「経尿道的前立腺切除術(TURP)」と呼ばれるものです。
まず前立腺の内部に電気メスによって「削りかす」を作り、次いでそれを吸い出して終わりというやり方のようです。小生の場合、前立腺が大きくなっていたので、「削りかす」が30グラム強ありました。
術後数日間、尿道に管を入れた状態で、生理食塩水を膀胱内に点滴しながら排尿を管理します。平行して水の摂取を多めにしながら、排尿を促し、感染症を避けつつ回復をはかります。
小生の場合、23日に当該管を抜いて、自然な排尿が出来ているか、また出血の状況はどうか観察しつつ退院の可否を判断しておりました。
昔に比べると出血も少ない施術のようですが、それでも出血や感染症のリスクがあるので、一般的には一週間レベルの入院とか。小生は糖尿病などの余病が全くないので、出血も少なめで、かつ感染症も発症せず、術後4日目に退院の運びとなりました。しかし米国なら手術の当日に入院して2日で追い出されるねと、娘に笑われております。
今回は、事前に(1月6日)に生検を行い、「がん」の兆候がないことを確認した上で、「肥大対応」のみの手術だったので、そのぶん気が楽でした。
病室は大部屋でと思っていたところ、家内が「こんな時にお金を使わないでどうするのよ」とハッパをかけるので個室にしました。家内は人生でも手術歴でも先輩なので、いろいろな場面で頭が上がりません。
個室負担額が2万円、それに現今は食事負担金が1日当たり360円かか
ります。部屋の広さや設備・サービスから考えて、ホテルよりも高い感じで、うまいものも食べさせてくれない(個室も大部屋も食事は同じだった)ので、なんか「もったいない感」が伴いました。病院もある意味で「いい商売」ですね。

ちなみに慈恵第三病院は泌尿器科が有名で、主治医としてお世話になった
古田という先生は、泌尿器科部長でかつ同病院の筆頭副院長です。泌尿器科はメジャーではないケースが多い中で、巷では珍しいといわれています。確かに古田先生は「大物」を感じさせる先生でした。
ここから先は小生の僻みかもしれませんが、以下の感想が伴いました。
手術は下半身麻酔で行われたので、手術中声や音はすべて聞こえています。執刀したのは若いお医者で、古田先生は脇に付き添っておりました。患者が元気で余病もなく、耐久力がありそうなので、若い先生の訓練台にされたのではないかと・・・。
手術中、大先生が「右側が少し高い・・・」などと叱咤していましたが、途中で若い医者が自信のなさそうな問いかけを発すると、今度は「大丈夫、大丈夫」などと激励をしていました。
以上の点は、若い医者の方が現場では腕がよいのかもしれませんが、どっち
なのでしょうか。
 
病棟での看護士達は良く訓練されており、人当たりもとても良くて感心しました。泌尿器科というのは、術後の経過の中で排尿や排便の状態を直に観察しながら説明や指導をしてくれるので、他科とはひと味違った親近感(?)が生まれます。そうした実際面では、医者よりも看護士の経験に基づく適切なアドバイスが支えているように思われました。
退院時の注意は、以降の出血を避ける主旨から、しばらく酒を控えること、熱い湯に入らぬこと、自転車に乗らないこと、等々。
 
次の外来診察は2月1日の午前を指定され、奇しくもそれは小生の74歳の誕生日ですので、そこから酒が許されるとうれしいのですが、どうなりますか。

以上 かいつまんでの報告ですが、参考になる方がおられれば幸いです。
      
                 2017.1.25 戸田 冬樹
          



右足小指骨折          宮崎弘徳

 僕は原則として毎週、月・水・金の 3回:3時間/1回 のトレーニング(ランニングなどの有酸素運動+筋トレなどの無酸素運動)を12年間続けている。だから、知力・体力・気力いずれも急激に衰えているという感じはしない。
 先週の木曜日(9月4日)、22年乗り続けている愛車のハッチバック部分の欠けたプラスチック部品を、鉄製ネジや電動ドリル、鏨などを使って上手く復元して大喜び。玄関外の階段を2段跳びで駆け下りようとしたそのとき、跳び越そうとした階段の端に右足の踵が引っかかり、前のめりに倒れ込んだ。その際、足指を内側に鋭角に折り曲げてしまったようだ。
 コンクリートだから、足の甲も膝もかばい手もひどく痛かった。直後、幸い足首は捻挫も骨折もしていないと感じた。実際、右足を引きずりながらも立って歩くことができたし、「工作」の後片付け、復元後の試乗も近所を一回りできた。
 ところが、クルマを車庫に入れてリビングに戻ると、右足がだんだん痛くなってきた。収まる気配はない。そこで、腫れや痛みがさらにひどくなったら対処が難しくなると思い、骨折していないかどうかも含めて診てもらうために、整形外科へクルマで行った。ドクターに言葉で頼むまでもなく、すぐに足のレントゲン撮影。結果は、右足小指に2ヵ所の骨折!
 ショックだった。前日もトレーニングルーム週一の、骨折などを予防するための高齢者向けショートプログラムに参加して、それなりに愉しいトレーニングを積んだのだ。それなのに、恥ずかしくもこんなことになるなんて! 僕の動きの良さを認めてくれているトレーナーやトレーニング仲間に顔向けできない!
 実は日ごろから、「一人で買い物に行けるか?」とか「食べ物を飲み込めるか?」などというようなアンケートを受け取ったり、報道されたりするにつけ、「老人扱い」するなと反発していた。物忘れなどが頻発するとか、理解力や記憶力が落ちたなどと自覚したこともない(記憶という意識はもともとなかったのでなんとも言いがたいが(^_^;))。けっこう宇宙関連の啓蒙書やさまざまなジャンルの研究書なども読んだりしているし、自分で書いたテキストの添削もしている、月刊誌の編集業務も人並み以上に(つもり)こなしている。だから、フトコロは寂しいのに、都営交通機関(や西武バス)の70歳以上用「無料パス」を受け取りにいくことなく、有料で乗っている。
 しかし思えば、そんな僕もあと10日で72歳。とうに還暦を過ぎ、古希も超えたまぎれもない「老人」なのだ。トレーニングをしていて、それなりに「若い」が、72年の経年劣化という事実は変えようがない。たとえば、50歳ごろなら無意識に1~2ミリの空きを測定して、テーブルの脚に足指を引っかけてひどく痛い思いをしないで済んでいた。また、聞こえていた超高音がいつのまにか聞き取れなくなっている。夜の運転に非常に困難を感じる、食べ物や言葉遣い、社会現象などについても許容範囲が狭くなっている……そんなこんなで、(脳を含む)肉体のさまざまな機能が徐々に老化していることは自覚していた。
 アクシデントの数日前たまたまTVで、「老性自覚」という言葉を目にしていた。それで今回の骨折は、「自信」と「老性自覚」の大きな乖離が原因だったと思い至ったのである。つまり、僕はトレーニングを続けていることから、自信「過剰」で、階段を駆け下りるくらいなんでもないとたかをくくっていたのだ(事実、これまでは無事だった)。肉体の維持向上に努めていることに矜恃と自信を抱くあまり、瞬発力や筋力、バランス感覚、距離感、瞬時感(造語)など、年齢と共に減衰している機能や部分について考えることがほとんどなかったのだ。つまり、「老化」について正しくしっかり自覚しなければならないという視点が欠けていたのである。
 骨が完全にくっつくには2ヵ月かかるとドクターは言う。2ヵ月も体を動かさないと肉体は下り坂を転がるように衰え、せっかく続けてきたトレーニングを一からやり直さなければならなくなる。とくに、肝心要の骨盤や下肢をどうやって動かし、現状を(少なくとも)維持するかが問題である。2ヵ月ほどの経過を漫然と待つのではなく、ドクターやトレーナーと相談しながら運動を工夫しつつ、老化を遅らせ、薬を飲まない生活を続けるべく努力をしよう。さらに言えば、これからの骨折は「寝たきり」になる切っ掛けにすらなりうる。もちろん、それだけは避けたい。そのためにも、これからはしっかり「老性自覚」を意識していこうと思う。
                                           (2014年9月8日 記)



健康+介護予防トレーニング11年        宮崎弘徳

 僕の仕事は22歳の就職時から現在に至るまで、作文と編集。趣味はオーディオ(クラシック音楽鑑賞)とクルマの運転。 基本的に体を動かすことがないうえ、夜は晩酌。年を追うごとに肥満が進行し、59歳になりたてのころには、身長151cmに 対してズボンの腰回りサイズは92cmにまで太ってしまった(体重は恐ろしくて計らなかった)。これで健康を保てるわけが ない。体調はすぐれず気分も落ち込み、毎晩の酒も不味い。肝機能指数の一つγGTPは、最高500にまで悪化していた。
 このままでは、肝硬変か糖尿病かになるだろうという危機感が募った。ちょうどそのころ、若い友人のそのまた若い友人 から「妊婦みたい」とつぶやかれ、弟には「普通じゃない肥満」と言われて一念発起、2001年10月末にトレーニングルーム の門を叩いた。目的は、もちろん、肥満解消、健康回復、そして社会的なテーマになってきていた介護予防であった。
 初日にインストラクターから、体重コントロールと体脂肪減少に有効な「ストレッチ、有酸素運動(エアロバイクやトレッ ドミルなど使用)+無酸素運動(チェストプレスマシンやレッグプレスマシンなど使用)」の必要性や基本動作を学び、これ に腹筋運動などを加えてトレーニングを開始した。
 幸い、僅かな運動もできないほどには健康は悪化しておらず、それぞれの運動をこなして順調に滑り出した。意外なこと に、トレーニングが思いのほか楽しく、気分も晴ればれとして(ときには休みたいときもあったが)、さまざまな試行錯誤 を経て、月水金の週3日、1回約3時間、約9時間/週という自分のスタイルをつくっていった。おかげで腹囲も体重も 減少し、晩酌をやめなかったにもかかわらずγGTPも改善、ジョギングを30分続けるスタミナもついてきた。
 5年ほど継続して体はすっかり健康になり、生きているうちは自分のことは自分でできそうな自信がついた。ただ、腹囲 や体脂肪率、BMIの数値がイマイチで、同じトレーニングの繰り返しにも飽き足りなさを感じてきた。
 そこで、逆円錐形(一般的に「逆三角形」という)、つまり胸が分厚く、腹部が締まり、ヒップの高いボディに形を整え ることにしたのである。そのためには、「フリーウェイト」トレーニングを取り入れる必要があった。ボディービルダーと 似たような筋肉トレーニングである。ただし、ビルダーのように全身の筋肉一つ一つを全部鍛えるのではなく、あくまでも 年齢的に可能なバランスのよいボディメイクを目標とした。
 優れたインストラクターに個人レッスンを依頼し、筋トレメニューをつくってもらい、具体的な動きを教えてもらった。 大胸筋はチューブを使ってのバタフライやお馴染みのベンチプレス、脚の筋肉や大臀筋はスクワット、広背筋や外腹斜筋 はラットプルダウン・バック、腹筋や背筋はより効果的なフォームなど、年齢に合った強度である(実際はもう少し複雑)。 これらに、トレッドミルによる15%の登り坂歩行、時速8km+ランダム傾斜(斜度0~2.9%)のジョギングをプラスして、 脚力の鍛錬、心肺機能・瞬発力・バランス力の維持強化などを図っている。
 おかげで、還暦1年前から始めたトレーニングなのにズボンは20cmダウンの73cmがはけるようになり、BMIは22と最適値 、血圧や中性脂肪、肝・腎機能などもすべて正常値(聴力と視力の衰えは手の施しようがない)。加齢との時間競争でもある が、体形も自分なりに満足できるようになりつつある。ただし、いったんふくらんだ皮膚は縮まらず、首回りや腹回りは空気 の抜けた風船のように皺になった(これは、かえすがえすも残念だ)。
 トレーニングルームで歩くなら外を歩いたほうがいいと考える人もいる。実際、道路を歩き、駅の階段などを登り降りする と、トレッドミルで歩くより脂肪が燃焼する。トレッドミルでは自分の足で体重移動しないから、消費エネルギーが少ないの だ(傾斜をつける意味がここにある)。しかし、年齢や個人の体力などに合ったメニューで走ったり登ったりすることは、 現実の野外では人がいたり自動車や信号があったりで、なかなかできるものではない。さらに最近、高齢者にとって肉体の 老化防止や認知能力向上などさまざまな効果があると認められてきた筋トレなども、自宅では不可能である(その気があれば できないことはないが)。
 僕などは、モチベーションを高めるトレーニングルームという“場”でなければ、ちょっとしたストレッチはおろか、 腹筋運動すらできない。しかも笑うなかれ、僕はトレーニングルームへクルマで行くのである。自転車で道路を走行する ことが苦手だし、天候によって通う方法が異なるのもいやなので、雨が降っても風が吹いても同じように行かれるクルマに しているのだ(雪の日は休む)。家では何もできない自分がわかっているので、急ぎの仕事やなんらかの理由がないかぎり トレーニングルームに行き、いやでも運動するほうが合理的だと割り切っている。
 人間、いつどこで何が起こるかわからない。事故や天災に遭うか、癌など予防の難しい病気に罹るかすれば、トレーニン グをしていたとしてもほとんど役に立たないだろう。だからといって、漫然と老化に任せておくわけにはいかない。われわれ 世代は概ね長生きするにちがいない。体や脳が不自由になると、妻や子や、(僕にはまだいない)孫たちに迷惑をかけること になるので、それを可能なかぎり少なくしたい。そのためには、理にかなったトレーニングを続ける以外にないのだ。また、 これから社会を担っていく人々にとっても、心身ともに健康な高齢者であったほうがいい。最近は、デモに行くよりトレーニ ングに励んで健康保険や介護保険を使わないほうがずっと、若い世代の役に立つと思っている。
 それやこれや含め、誇りを以て年老いていけるように、体力や認知能力のさらなる向上を目ざしてこれからも頑張るつもりだ。


                   
2012.7 宮崎弘徳

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