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  医者の落書き1 


目次


 ゴルフ

 友引

 ペナルティ 

生まれ育ちは

虫刺され

博物館

ゴミ

 嫉妬


プロパー

 オートバイ

バチ

  ブッシュ病


画伯

  代診


風邪

  雪国の女


お断わり

  今年の風邪は


昼食
           深夜の訪問者


新聞に載る

  当番


検診

  五月病


セット

  体重


報復

  うまそう


詭弁

  大安


ジュース

  義歯


派閥

  彼女


トリック

  ほめ殺し


ふさ、ふさ

   かくしゃく


花見頚

  タマネギ時


イッツミー効果

  蕁麻疹


饅頭恐い

  満潮


犬の薬

  怪我の功名




  おつかい


ナイススイング

  雀蜂


以心伝心

  親知らず





三輪正彦さんへのメールはこちら

医者

落書

 

三輪 正彦

 

 

 

 





 平成三年二月一日、この地に内科クリニックを開業しましたが、

それから一・二年は来院される患者さんも少なく、有り余る時間をつぶすため、クリニック内で見聞きしたことを雑文にしていました。何時しか小文がたまってきたので、1995年/平成7年、

「医者の落書き」という小冊子になりました。

 この本に並ぶ文は、その中の「待合室」の章から抜粋し、一部改定しまとめたものです。それ故に、少々古いお話が多いのですが、ご笑読ください。

 

 

 

 

目  次

 

 

ゴルフ           友引

ペナルティ         生まれ育ちは

虫刺され          博物館

ゴミ            嫉妬

プロパー          オートバイ

バチ            ブッシュ病

画伯            代診

風邪            雪国の女

お断わり          今年の風邪は

昼食            深夜の訪問者

新聞に載る         当番

検診            五月病

セット           体重

報復            うまそう

詭弁            大安

ジュース          義歯

派閥            彼女

トリック          ほめ殺し

ふさ、ふさ         かくしゃく

花見頚           タマネギ時

イッツミー効果       蕁麻疹

饅頭恐い          満潮

犬の薬           怪我の功名

             おつかい

ナイススイング       雀蜂

以心伝心          親知らず


ゴルフ

 

クリニックの前のカーポートに、乗用車が頭から突っ込むように停まると、顔に脂汗をにじませ左手で左の腰を支えるようにして、Kさんが受付に現れた。

前日の朝早く、東京の別宅で突然に激しい腰痛に襲われたKさんは、近くの都立病院を受診、「尿管結石」と診断されて手当を受けたが、あまり改善のないままに、痛みを我慢しながら、茅ケ崎の自宅まで車で帰って来た。昨夜はともかくも休んだが、疼痛でほとんど眠れなかったという。

痛みは、その極にあった。左腰から陰部に向って響くような痛みに、Kさんは歯をくいしばって耐えていた。痛みの性質から、やはり、「尿管結石」であろうと考え、鎮痛剤を静脈注射すると一時痛みが和らぎ、Kさんの顔に少し笑顔がもどったが、それも束の間、再燃した痛みには鎮痛剤を入れた点滴も効果がなかった。

何人かの患者さんが待つ,朝の開院直後の慌ただしい時間であったが、T病院に電話連絡をして泌尿器科あての紹介状を持ったKさんは、救急車で運ばれて行った。

 

午後一時、診療の終わったクリニックのドアがガタンと鳴った。カーテンを開けるとKさんが立っていた。

「いやー、お蔭様で。痛みが取れました.

「むこうの先生は、『石は、もう少しで、膀胱に出るところまで来ている』と言ってました」

「昨日から何も食べていなかったので、病院の帰りに、食事もしてきました」

晴れ晴れと明るいKさんの声が、クリニックの玄関に響いた。

「明日は、予定通り、ゴルフに行くことにします」

 

「無現をしないように」と言おうと思ったが、Kさんの元気さに気押しされて、言葉を飲み込んでしまった。

せめて、明日の天気が好いことを祈ろう。

 

 

友引

 

Eさんの家に七年間も飼われていたペットの兎が、突然死んだ。寄生虫が原因であったという。孫達が可愛がっていた兎だったので、Eさんは、近くの寺院に、兎を火葬にするように頼んだ。自宅まで遺体を引取りにきて火葬し、遺骨をまた家まで届けてくれる「コース」が、二万九千円であったという。

 

昔は、飼っていた犬や猫が死ぬと、自宅の庭の隅に穴を掘って埋め、土マンジュウの上に、例えば、「タマの墓」などと書いた小さな木切れを野草や線香と共に立てて弔うのが普通であった。

最近はペットブームとやらで、犬や猫はもちろん、魚、鳥、モルモットやねずみといった小動物、果ては、亀や蛇など両生類や爬虫類の類まで愛玩されているが、これらが死んだ時、金銭的余裕はあるが、小動物の墓を作るほどの広さの庭も持てない日本では、必然として、ペットの葬儀屋が成り立つのであろう。

 

Eさんの家の兎は、その日、予約が一杯で火葬にしてもらえなかった。次の日も、「友引」のため火葬は出来なかったという。

動物も、「大安」だの「仏滅.」だのと、暦を繰るのであろうか。

 

 

ペナルティ

 

この話は、近くのゴルフ場でキャディをしているFさんから聞いた話である。

 

およそゴルフを楽しむ者にとって、まして始めたばかり者であれば、「バーディを取る」ということは一つの大きな目標であり、また、それを初めて取った時には、スコア全体はメロメロであったとしても、そのコースは何時までも想い出に残るものである。

まして、「チップインバーディ」では、自球がグリーントに見つからない不安を押し隠して、「もしや」と捜したカップ内にそれを見付けた時の嬉しさには、また格別のものがある。

 

ところが、Fさんの勤めるゴルフコースで行われる、或る下着メーカーのコンペでは、この「チップインバーディ」が「ペナルティ」になるのだという。

「チップインバーディ」は、別名「ノーズロ」と呼ばれているが、いやしくも下着メーカーの社員が、「下着無し」を狙うなど以ての外と言うことらしい。

 

「間違って」これを決めた社員氏は、どうするのだろう。コンペの表彰式の後、一人ひそかに、ニヤニヤと祝うのであろうか。

 

 

生まれ育ちは

 

これもキャディのFさんから聞いた話である。

 

スポーツにレジャーにグルメに、奥様族の進出は著しい。ウィークディのテニスコートやスポーツクラブは、金と暇を持て余した中年女性で溢れて、気の弱い男性は勿論、相当にツラの皮の厚い男性でも、クラブハウスに入るのには勇気がいる。

 

Fさんの勤めるゴルフコースの週日も、帽子から手袋、靴に至るまで、一分のスキもなく飾り立てた奥様族が、我が物顔にフェァウェーをグリーンを闊歩し、「優雅に」会話を交わす。

「奥様、素晴らしいスイングざますこと」

「あーら、奥様のウエア、素敵ざますこと」

 

同性の眼は厳しい。一緒に回るキャディさんは、一人つぶやく。

「ザマス、ザマスと上品ぶっているけど、私らに使う言葉は全然違うんだから」

 

 

虫刺され

 

「痒い、痒い」と大声を上げて、Tさんが飛び込んで来た。待合室の人目も憚らず受付の前で上着を脱ぐと、胸も腹も背中も、そして両腕もいたるところ広い範囲に、地図状、斑状、あるいは連なった点状に、隆起発赤していた。

 

Tさんの話では、枝にびっしりと虫が付いた椿の木の下で仕事をしていて、突然、体中が、熱く痒くなったのだという。

待合室の皆はその膨れて赤い皮疹を見て、口々に、「これは、チャドクガにやられたのでは」とか、「これは、毛虫に刺されたに違いない」と、さすがは田舎住まいの人達、いろいろと助言を出してくれる。

痒み止めの注射をして、体中に軟膏を塗って、内服薬を貰って、Tさんは、「一陣の風(?)」のように帰って行った。

 

Tさんの上着に付いていた「何か」が飛び散ったのかもしれない、待合室の患者さんの腕に、いくらかの発疹と痒みを土産に残して。

 

博物館

 

Sさんが私のクリニックに通院を始めたのは、今年の四月中旬のことであった。外来で何回目か来院された五月のある日、紙包みを小脇に大切そうに抱えて受付に現れた。

 

「先生、これ、ここに飾って下さい」

開いてみると木彫りの鳥であった。頭と腹が茶色、緑の翼、背中に青い縞の入った体長二十センチほどの「モズ」が、逆L字に曲がった太い木の枝で出来た台に爪をシッカとたてて、小首をかしげていた。

なかなか見事な出来ばえで、早速、受付のカウンターに飾らせてもらうことにした。

数日後、来院された患者さんの一人が、この鳥をしばらく見入っていたが、

「これ、もしかして、Sさんの作品じゃないですか」

と、聞いてきた。私がうなづくと、

「あの人は器用な人で、退職後の楽しみに、木彫を始めたんだそうですよ」

と、教えてくれた。

「あの人の彫った鳥は、このあたりでは、あっちこっちの家に飾られているんですよ。出来るとみんな貰われてしまって、自分の手元には一つも残っていないそうですよ」

 

「モズ」の後に「シロチドリ」が、続いて、「ウグイス」と「キビタキ」がカウンターに並んだ。柄に花を彫って彩色した靴べらも届いたが、あまりに美しくて、とても使う気にはなれず、壁の飾りになっている。

そのうちに我が家は、Sさんの作品で「博物館」になるのではないだごろうか。

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ゴミ

 

M君は、月に一回位、熱を出したり、お腹が痛くなったりして、当院を受診される九歳の男の子。今回は、昨日から始まった熱発と腹痛で来院された。

 

今朝から三十九度の熱が出て、その後多量の下痢があった。一つだけ残っていた下熱剤の座薬を入れてから来院されたとの、お母さんの言葉であった。

下痢の後に座薬を入れると、それが刺激になって、また、排便をみることが多いので、M君に聞いてみた。

「お尻から薬を入れて、また、便は出なかった?」

M君は、意昧が分からないという様子で、何も答えず、お母さんの顔を見ていた。

「薬を使ってから、下痢はしなかったの?

やはり、返事はなかった。すると、お母さんが、困ったような顔で助け船を出した。

「あのー、この子は、私が座薬を入れたことを知らないんです。小さな時から、座薬を使うときは、『お尻のゴミを取ろうね』と言っているので

 

この男の子も既に九歳、間もなく、お母さんに「お尻のゴミを取ってもらうこと」を恥ずかしがる年頃になるだろう。

 

 

嫉妬

 

「不眠」を訴えて来院されたNさんは、その日が初診であった。半年ほど前に御主人を亡くされて以米、一人暮らしをしているが、最近、眠れない夜が多く、自分は「ノイロ一ゼ」に違いない、娘にも診察を受けるよう勧められたので診てほしいとのことであった。

 

食欲もあるし、憂欝にもならない。無気カ、集中力低下といった症状もなく、「ノイローゼ」とは考えにくい状態であった。

身体的にも具合のわるいところがなく、不眠の原因は今一つはっきりとしないので、あれこれと問診をしているうちに、初診の緊張がほぐれきたのか、

「お恥ずかしい話ですが、実は

と、Nさんは話しだした。

亡くなった御主人の書き残した日記を読んでいるうちに、四十年ほど前の記述の中に、「私が知らない事(女性関係)」が出てきて、それを考えると眠れなくなるのだと言うのである。

娘さんは、さばけた人なのか、

「男の人には、そんなことはよくあるのよ」

と慰めてくれるのだが、娘も自分の気持ちを分かってくれないような気がして、それも眠れなくなる原因の一つになっているとのことであった。

 

世に、「日記」をつける男性は多いと思われるが、死後、妻の不眠の原因になるような記述を残さぬように気をつけねばなるまい。

幸いにして、今までのところ、私にはそのような記述を残す事実は無かったが。(その御主人が羨ましい!)

 

 

プロパー

 

製薬会社から医院や病院に派遣されて、自社製品の宣伝に歩く者を、「プロパー(注:最近はMR)」と呼んでいるが、我がクリニックを訪れる「プロパー」諸氏も、なかなかバラェティーに富んでいる。

 

某製薬の某君は、診察室に人ってくると、オドオドとした態度で言った。

「あの一、私は、今年の四月に入社したばかりで、何も分らないんですが、問屋さんに聞いたら、『ここの先生はやさしいから、話を聞いてもらえると思うよ』と言われまして。宜しくお願いします」

先に、こう言われてしまっては、断る訳にもいかず、

「じゃ、私が、君の練習台になってやろう」

と、話を聞くことになった。

会社で教えられた通り、マニュァル通りに、額に汗を浮かべ、一生懸命説明する某君の話のおぼつかなさに、こちらのほうが、ハラハラ、ドキドキとしながら。

 

外資系のI社のプロパーI君は、ある日、

「今日は、先生に診てもらおうと思って」

と、空腹時の腹痛を主訴に来院した。

内視鏡検査で大きな胃潰瘍が見つかり、また、高血圧症も合併していた。原因は、どうも、ストレスのようで、自社の新薬の売込みが思わしくないという噂が、問屋筋から洩れ聞こえてきた。

胃潰瘍の薬と自社製品の降圧剤を服用しながら頑張る企業戦土のI君は、プロパーと患者の二役を演じながら、我がクリニックに通ってくる。

 

前の畑の一角を借りたクリニックの駐車場に、バックで入った車が、後ろに立つ当院の大きな看板にぶつかって停まった。車を降りた若い男は、斜めになった看板を足で蹴ってなおすと、身なりを整え、私が一部始終を見ていたとも知らず、クリニックに入ってきた。Y製薬のプロパーのF君、大声で笑う調子のいい男であった。

二回目に来院した時も、また、看板に車を当てて、同じ事を繰り返して、この時も、私が偶然目撃していた。

三回目、今度はうまく駐車場におさまったが、車を降りたF君は何度も自分の車の中を覗き込み、車の回りを廻っていて、なかなかやって来ない

そのうちに意を決したように車に背を向けると、ようやく、クリニックに現れた。

スーツにネクタイ、黒いカバンの、典型的なセールスマンスタイルであったが、なぜか古びた汚いスリッパを突っ掛けていた。

運転中には脱いでいる皮靴に履き換えないうちに、キーを車の中に置いたままドアをロックしてしまったというのであった。

 

気の弱い者、ズーズーしい奴、オッチョコチョイ、性格丸出しのプロパー諸氏が、今日もまた、クリニックに現れる。

 

 

オートバイ

 

二週間毎にきっちりと受診されていたKさんが、予定を一ヶ月以上も遅れて顔を見せた。交通事故で入院していたという。

 

十二月の始め、自動車に左後方から接触され、乗っていたオートバイは大破、その場から救急車でT病院に搬送された。左下腿の痛みが強く骨折も疑われる状態であったが、外来で治療を受けると、とにかく家に帰るからと立ち上がったところで、右の大腿部に激しい痛みを覚え、歩けなくなり、そのまま、やむなく入院となった。

病院に運ばれた時には、気が動転していて気が付かなかったが、病室に落ち着いてみると、身体のあちこちが痛み、肋骨骨折や、左の腕には三針も縫う外傷も見つかり、それから二週間余りベッドの生活を送ることになった。

生来健康で、八十三歳の今日まで、大きな病気も怪我もなく過ごして来たKさんには、これは相当大きな体験であったようで、あれやこれや、微に入り細にいり、同じ話を繰り返しくりかえし、待合室にイライラしながら待つ数人の患者さんを尻目に、十五分以上診察室を占拠するに至った。

 

本人は、「もっと早く」退院出来たはずと不満げであったが、これだけの傷にもかかわらず、「わずか」二週間余りで退院できたその体力、八十歳を越えてもオートバイに乗るその若さに、私は、ただ敬服。

 

 

バチ

 

四十五歳の女性Aさんには、血色素量が4.2と、通常の値の三分の一ほどにも減った強い貧血があった。血液の中の鉄の値も著しく減っており、貧血の原因は鉄分の不足と考えられたので、甲速、鉄剤の服用を始めた。

十日ほどたつと、検査上、貧血の改善傾向がみられ、自覚的にも、階段の昇降や自転車で走る時に感じていた息切れが減ってきて、身体の動きが楽になってきた。

一ヶ月の治療が終わる頃には、血色素量は10を越えて、顔色も良くなり、前述の自覚症状は完全に消失していた。

 

帰り際に、受付で妻が聞いた。

「貧血が良くなって、何か変わったことがありました?」

すると、Aさんは、ニコニコと笑いながら答えた。

「息子が、『鉄を飲むのを止めろ。元気になりすぎて、うるさい』と、言うんです。元気になったら、私、口うるさくなったらしいんです.

 

数日後、くだんの息子さんが、吐き気を訴えて当クリニックを受診した。点滴の合問にも何度か吐き気を催して大変辛そうであった。

お母さんの「元気」を罵った口に、バチが当たったのだろう。

 

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ブツシュ病

 

平成四年一月来日したアメリカ大統領のブッシュ氏が、パーティの最中に倒れ嘔吐したニュースが報じられた頃から、我がクリニックにも、吐気、嘔吐、下痢、時にはそれに発熱、頭痛などを訴える患者さんが急に多くなった。

私は、早速、この状態を「ブッシュ病」と名付けた。

 

「先生、一昨日から、吐き気と下痢が止まらないんですが」

「熱は?」」

「あまり、ありませんが、食事がとれないんです」

「いわゆる、『ブッシュ病』でしょうね。例の大統領が罹ったやつですよ」

この病状はビールス性の胃腸炎であろうが、患者さんへの説明には「ブッシュ病.」と言うのが一番手取り速く、皆さん、なんとなく納得顔で、人によっては、

「いやー、立派な病気に罹ってしまって

と、何か得意気に帰る人まで現れる姶末。

この流行は当地ばかりではないらしく、私がこの「病名」を使い始めてから数日すると、朝日新聞にも、「ブッシュ風邪」と名付けられて大きく報じられ、私は、新しい病気の命名者になったような気持ちであった。

 

今日も、「ブッシュ病」の患者さんが何人か受診された。経済問題ばかりでなく、こんな難問までブッシュ氏は置き土産にしていったようだ。

 

 

画伯

 

近所に住むM氏から、画家のA氏を診てほしいと往診の依頼があった。風邪の後で、食欲が出ないとのことであった。

A氏は「医者嫌い」なので、私はM氏の友人という形で同行することになった。ジャケットに着替え、聴診器や血圧計を納めたバッグを小脇に抱えると、M氏の運転する車で、海岸に近いA氏宅に向かった。

 

最近流行っている風邪をひいた後、衰弱していると聞かされていたA氏は、九十八歳という高齢にもかかわらず、

「何時までも寝ていられないから、仕事を始めました」

と、描きかけの絵を何枚もアトリエに並べていた。

M氏の土産のマロングラッセをほおばり、コーヒーを飲み、元気であった。昼には、大好きな鰻も食したと言う。

「私は医者嫌いでねえ。いい加減な医者にかかったら、かえって命を縮めるようなものですよ」

M氏が慌てて私の仕事を告げると、

「アッハッハッ、こりゃどうも失礼な事を言ってしまって」

屈託なく大声で笑うA氏の顔にはシミも無く、血色も良く、また、手の甲の肉も厚く、七十歳と言われても納得できるほどに若々しかった。

 

白寿を前にしてなお創作活動を続けているというA氏に、まだしばらくは、死神も病魔も寄り付けないであろう。

 

 

代診

 

開院して一年がたった。始めの頃はコンピューター操作に追われていた会計を預る女房殿も、最近は仕事に慣れてきて気持ちにゆとりが出て来たのか、窓□での応対がうまくなった。

 

患者さんは、私より気軽に話が出来るとみえて、女房に色々な話を持ち込んでくる。

奥さんを亡くされたIさんの愚痴、ボケの始まった夫に苦労するOさんの話、子供の受験を心配する母親の嘆き、嫌なお客に付き合わされたキャディーさんの陰口、嫁と姑のイザコザなど、あれやこれや(この中に私の雑文の題材が沢山あるのだが)、患者さんは、それぞれの持つ苦労を窓口で吐き出して行く。

女房は、うなずきながら聞き役に廻るか、あるいは独善灼に自分の意見を述べているようだが、これが、一種の精神療法になっている部分もある。

最近では、薬の飲み方は勿論のこと、薬の副作用についての説明も堂に入ったもの。門前の小僧の何とやら、カルテの病名をチェックし、私が行った治療の成果を分析し、私の患者さんへの説明が拙いと注文を出し、時には、窓口でもらす患者さんの症状などについての貴重な情報も提供してくれる。

 

一度、女房殿を代診に置いて、一日ゆっくりと休んでみよう。

 

 

風邪

 

閉院時間の少し前に、五年生のカツ君がお母さんに引きずられるようにして、不満気な顔つきでクリニックに現れた。

学校から帰宅後、寒気がするので、体温計で測ってみると、三十七度二分の熱があった。これから熱が出たら大変、熱が出る時はいつも三十八度から三十九度になるからと、お母さんが心配して連れてきたのだが、カツ君は御機嫌が悪い。

カツ君は、本当は風邪をひいて学校を休みたかったのだ。なぜなら、明日、苦手な漢字の書き取りのテストが待っているからだ。

数日前から風邪をひいているお兄ちゃんの部屋に入り浸って、何とか風邪を貰おうと思ったのだがうまくいかない。少し熱が出てきて嬉しくなったのに、お母さんは早く治そうと言って無理やり連れて来るのだから。

「そうか、そんなに風邪がひきたかったら、ここに一日居たら罹ると思うよ」

と、私。

「ついでだから、患者さんにスリッパを渡す仕事をしたらいいよ」

と、お母さん。

皆にからかわれて、だから、帰る時にもカツ君は不満顔だった。

 

その後日談:次の日に、やはり三十八度以上の熱が出てしまって、カツ君は、「希望通り」学校を休むことが出来た。

けれども、先生も風邪で休んでしまって「書き取り」は延期。テストは逃げられなかったし、風邪で辛い思いはするし、カツ君はやっぱり不満顔だ。

 

 

 

雪国の女(ひと)

 

平成四年二月一日、関東一円は大雪に見舞われた。土曜日であったためマイカー通勤が減って、いつもなら自動車が走って直ぐ消える雪も、特に住宅地の奥にある当クリニックのあたりは、道路のあちこちに残って、足の弱い患者さんの通院におおいに難渋することになった。

 

十センチも雪が積もると、若い人までも滑って足や腰を傷めたという報道が伝えられるこの地にあって、石川県育ちの八十歳のHさんは別格、

「久しぶりに雪が降ったので、歩いてみようと思いまして」

と、雪を楽しみながらの通院。

 

さすがに「雪国の女(ひと)」、雪を楽しみにしているのは、子供と犬とHさん位だろう。

いや、湘南の子供や犬達は根性が無くて、猫と一緒に家に籠もって寒がっている。

 

 

お断わり

 

気の進まない検査や治療を断るにも、色々な方法がある。

 

Hさん、七十七歳の男性。著しい貧血があり黒い便も見られたことから、冑潰瘍が強く疑われている。それを碓認し治療をするために、内視鏡検査を勧めているのだが、なかなか承知してくれない。

「もう、歳ですから、いいんです」

「昔、検査をして辛かったから、結構です」

「とりあえず、薬だけでも下さい」

これが、断り文句で一番多いパターン。

 

Mさんは十五歳、中学三年生の女の子、三十八度の発熱と吐気を訴えて来院。

「吐き気が強いから、薬が飲めないかな?」

「ええ」

「それじゃ、座薬にしようか?

「座薬って?」

「お尻に入れる薬のことだよ」

「ゲッ!」

今までに聞いた、一番短い「断りの言葉」は「ゲッ!」。

 

Kさんは、八十八歳の男性。数年間も、同じ処方の胃潰瘍の薬を飲み続けている。今は何の症状もなく既に治っていると考えられるので、それを確認してから薬を減らしたいと思って内視鏡検査を勧めるのだが、ただ手を横に振って、後はニコニコ、ニコニコ。この「ニコニコ」に、いつも言葉が鈍ってしまう。

 

人が勧める事を断るのは、なかなか難しいものではあるが

 

 

今年の風邪は

 

Sさんが、待合室で薬が出来るのを待っているところに、顔見知りのTさんが偶然現れた。

「あら、Sさん、どうしたの?」

「風邪で、喉が痛くて

すると、Tさん、

「貴女と昨日、電話で話したから、私も風邪がうつってしまったわよ

 

今年の風邪は、伝染力が強いらしい。

 

 

昼食

 

通勤時間0分、三食付きの自宅開業生活に、時折、変化が欲しくなって、今日の昼食は、ある寿司屋のランチサービスを利用することにした。

 

自動ドアが開いて店内に足を踏み入れると、カウンターに並ぶ顔が一斉にこちらを向いた。全員が中年女性であった。

一瞬の圧迫感に抗して店内に進み、偶然に空いたカウンターの一番端の椅子に座った。

「お手拭き」を使いながら店内をうかがうと、座敷の隅に男性が二人見つかったが、他は、十数名の女性で、店は満席であった。

「女三人寄れば姦しい」というのは昔からの常套句だが、それが、十数名になると一段とすさまじい。

各人それぞれが喋り、哄い、時に一瞬それを止めると、大きな口を開いて寿司をほおばる。茶をすすり、飲み下すや、また、話が始まる。

横からも後ろからも、絶え間なく言葉が押し寄せて来て、私の胃には、寿司が落ち着かなかった。

 

一緒に行った女房に聞くと、昼時のここは、いつも女性客で一杯だと言う。

三人の板さんにサービスをさせながら、「優雅に」楽しい昼食をとるこの女性軍の亭主殿たちは、今頃、慌ただしく、ラーメンや蕎麦をすすっているのではないだろうか。

 

 

深夜の訪問者

 

午前二時、ドアチャイムが鳴った。私と女房は、ほとんど同時にベッドの上に起き上がった。私は、職業柄、「急患」を考え、眠気は急速に遠のいていった。

女房がインターフォンの受話器を取る。

「夜分…、誠に済みませんが…、道に迷ってしまって」

酒に酔っているのであろう、のんびりとした大きな声が、直接、二階の寝室まで聞こえてくる。

「どうしましょうか?」

女房の困惑したような声。

「パトカーを呼ぶか?」

私は女房の顔を見ながら言った。

「とりあえず、出てみましょう」

「ン、ソウスルカ」

まだ、起きていた長男を伴って、女房は玄関に下りていった。

「おやじは寝ていろよ。明日の仕事があるんだろう」

長男の言葉に甘えてベッドに戻ったが、下でのやりとりが静かな夜の街に響き、とても寝られたものではない。

「明治四十三年まれ、八十歳です。申し訳ありません」

同じような言葉を繰り返しているこの老人は、Mと名乗り、我が家からニキロメートルほど離れた、同じ茅ケ崎市内に住んでいることが分かった。

酒に酔い方角を失い、この暗い住宅地に迷い込み、さまよい歩いているうちに我が家の門燈が眼に入り、思い余ってドアチャイムを押したらしい。

「(助けを求めるのは)もう、ここだと思いました」

我が家の門燈は、老人にとっては、灯台の灯のように感じたのであろうか。

本人から聞き出した電話番号を回すと息子夫婦が出て、「これから直ぐに迎えに行きます」と言う。「(老人は)外に待たせておいて下さい」と云われても、そうもいかず、一緒に迎えを待つことになった。

迎えを待つ間、安心したのであろう、老人は饒舌になった。

「もう八十歳、いつ死んでもいいんですが

「命の恩人です。ここで分からなければ、私は死んでしまうところでした」

「私なんか、死んだほうがいいです」

いくら人気のない時間帯とはいえ、医院の前で、こう何回も「死ぬ、死ぬ」を大声で連発されては人聞きも悪い。あわてて医院に招じ入れて休むことにした。

待つこと三十分、恐縮しきった顔で、息子夫婦の車が到着。くだんの老人は、ムッとした息子の顔を横目に、だまって車に乗り込んで無事御帰還。一件落着となった後には、眠れなくなった我々夫婦の苦笑いだけが残った。

 

次の日の昼休み、診療の終わったばかりの医院に、一人の婦人が菓子折を手に尋ねてきた。

「昨夜は、本当に御迷惑をおかけして、済みませんでした」

昨夜、老人を迎えに来た息子の嫁であった。

この老人、今回が初めてではなく、今までに何度も、あちこちの家で世話になっているという。いわゆる「老人ぼけ」による徘徊ではないようだが、

「お酒を飲むと、分からなくなってしまうらしくて」

「本人は、午前中ぐっすり寝たら、けろっとして、元気になって」

「寝込まれるよりは、いいんですけれど」

 

膚は艶々として、とても八十歳に見えない、この元気な憎めない老人は、家族の心配を尻目に、今しばらくは、この付近の家を、深夜、訪問して回るのではないだろうか。

 

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新聞に載る

 

テニスクラブの片隅で、神奈川新聞記者のK氏から相談を受けた。ダイエットの功罪について、誰か、医学の立場から話をまとめられる人はいないかとの相談であった。

不適切なダイエットの、身体に及ぼす障害、あるいは、精神に与える影響などを漠然と話しているうちに、人選をしている時間もないので、私にこの役をやってくれないかということになった。

あまり自信はなかったが、四百字詰原稿用紙で四枚程度の記事ということなので、引き受けることにした。

 

ある木曜日の午後、クリニックの診察室で、あらかじめ調べておいた幾つかの事項をK氏の質問に答えるという形で、話はあちこちに飛び、雑談を交えながら、ともかくも、一時間半ほどのインタビューは終わった。

新聞に使うという私の写真を十数枚撮ると、後日、校正をすることを約束して別れた。

 

それから二日後、土曜日の午後、いつもの如くテニスに出かけると、コートでK氏に会った。原稿が出来ていると言うので、試合の合間に校正をすることになった。二、三の字句の手直しをしてオーケーをだした。記事は次の週の金曜版に載る予定であった。

 

次の週の金曜日の朝、肴護婦さんが、

「出ていましたよ」

と、新聞を片手に出勤してきた。

自分の写真を新聞紙上に見るのは、何とも面映いものであったが、新聞と一緒に持って来てくれたその部分のコピーを、宣伝にもなるからと、クリニックの掲示板に貼ることにした。

 

多くの人は

「先生、新聞、見ましたよ」

とか、

「先生、出ていましたね」

という言葉であったが、

「何時から、ダイエットの先生になったの」

などと冷やかすテニスの仲間、

「結局、ダイエットはしないほうがいいんでしょう」

と、正しい方法でやりなさいと言ったつもりなのだが、その趣旨を少し読み違えている中年の小肥りの女性、そして、

「写真写りが若々しくてうらやましい」

と、記事よりも写真を褒める者など、これを読んだ人の反応はさまざまで、私の父は、

「まあ、柔らかくもなく、固くもなく、適当な内容だろう」

という評であった。

 

人の噂もなんとやら、一週間が過ぎて掲示をはずした今はまったく反応もなく、私が「新聞に載った事」など、既に過去の小事に過ぎない。

 

 

当番

 

開業して初めて、市の休日診療の当番医に当たった。九時少し前、診療センターに出向いて、白衣に着替え小児科と外科の担当の先生方に挨拶を済ませてから、広い診察室に患者さんを待った。

 

最初の患者さん、五十四歳の男性Iさんが、妻の肩にすがりつく様にして、おぼつかない足取りで診察室に人って来た。前日の午後から、急に始まった頭痛と嘔気が続いているという、付添いの妻の言葉であった。

椅子に座るよう勧めると、嘔気が強いので横にさせてくれと、倒れ込むように診察ベッドに横になると、Iさんはイビキをかきはじめた。大声で呼び掛けると眼を開けるが、すぐ、また、イビキをかきはじめる。

入室してきた時の足取り、焦点の定まらぬ視線、意識障害(傾眠傾向)、激しい頭痛と嘔気、既往の高血圧症などから、蜘蛛膜下出血など頭蓋内の異常が考えられた。

一刻も早く、脳外科の検査や治療が必要である。Iさんの後に数人の患者さんが待っていたが、しばらくはIさんにかかりきりで、T病院に電話を入れ、救急車の手配を頼んだ。

来院する患者さんは風邪や腹痛ばかりと聞かされて、気楽に一日を過ごそうと考えていた「新人」の当番医は、まず、手荒な歓迎で迎えられたようだ。

 

 

検診

 

平成四年四月一日付で、当クリニックに近い茅ケ崎北陵高校の学校医を拝命した。最初の仕事は、新人生の内科検診であった。

 

初日は男子生徒の検診であった。上半身裸になった、筋骨たくましい奴、色白の細い奴、毛深い奴、背の高い奴、あるいは、がっしりとした体格のくせに、「僕は病弱で…」などと抜かすとぼけた奴、計百六一十名ほどを、心音、呼吸音の聴診、背部では脊柱の異常の有無など、二時間以上もかかって診察を終わらせた。

聴診器のイヤピースが当たって、その後二日ほど、両耳に痛みが続いた。

次の週は女子生徒であった。

「えーっ、上半身裸になるんですかー」

「やっだー、男の先生なのー。女子は、女の先生が診ればいいじゃん」

更衣室になったカーテンの中から、制服を脱ぐ間、ひとしきり大騒ぎが続いていたが、やがて、大きなタオルで上半身を覆って、三方をスクリーンで囲んだ「診察室」に、一人づつ入ってきた。

タオルをはだけて、胸に聴診器を当てようとすると、ほとんどの女生徒が、少しづつ後退りするので、私はそれを追って、身体をより前屈させ、右手を遠くに伸ばさねばならない。

この姿勢を、これも百六十名ほどの診察の間、約二時間も続けた結果、その後二週間も、右脇腹に強い筋肉痛が残った。

 

医師会からの要請で気軽に引き受けたものの、学校医という仕事、三百五十名からの検診は、なかなか体力を要することと、身をもって「痛感」した次第。

 

追記:「若い女性の胸が見られるなんて、校医さんて、いい仕事ですね」などと言う、テニス仲間の中年男性の冷やかし(ねたみ?)に反論するために、敢えて、この文をまとめた。

問診を含めて、一人二十秒から三十秒で診察を終わらせねばならず、とても、「鑑賞」しているヒマなどはない。

 

 

五月病

 

大学に入学することだけを目標に勉強してきた新入生が、入学後、目標を失って「虚脱状態」に陥ったり、また、新人社員が、緊張の一ケ月余りを過ごして、多少、会社の生活に慣れてきた頃に、肉体的、精神的疲労感に襲われる、五月から六月によく起こるこんな状態は、俗に、「五月病」などと呼ばれている。

 

この「病気」は、しかし、新人生や新入社員だけに起こるかと言うと、そうでもないらしい。大ベテランのピアノ教師のKさんは、毎年、五月になると憂欝になるという。

音楽大学に入学させるため、生徒と一緒になって猛練習を続けて、三月になってホッとしたのも束の間、四月からは、来年の入試を目指す新しい練習生が入門してくる。

新しい生徒のクセを覚え、指導方針を立てるため、一ケ月ほどは緊張した毎日が続き、一段落したころ、「五月病」になってしまうのだと言う。

 

冬の間は風邪に、春には花粉症に追い回されて、若葉の頃に患者さんが減ると、急に虚脱感を覚えるのは、医者の「五月病」であろうか。

 

 

セット

 

湿疹の治療のために、ビタミンB群を組み合わせた処方を考え、これを、内々で、「湿疹セット」と名付けた。

この処方の効能はなかなかのもので、六十三歳のNさんの永年の痒みが、二週間ほどの服用でおさまった。

M氏の、「髭剃り負け」に続発した顔而湿疹も、十日ほどで軽快した。

M子さんの顔の吹き出物も改善して、お母さんに、大いに感謝された。

大学でテニスをしているリカさんの、太陽の光で傷められた顔の凸凹がなくなって、そのスラリとした長い脚とともに、輝く頬が眩しい。

 

最近、院内で、この「セット」の呼び名が、極く自然に変わった。すなわち、「美人セット」に。

 

 

体重

 

十歳のチヅルちゃんと、もうじき八歳になるマルコちゃん姉妹が、オバァチャマと一緒に当院に現れた。二人とも、一ケ月以上も咳が続いていると言うのである。

胸部のレントゲン写真では、二人とも異常は見られず、「気管支炎」として、内服薬を処方することになった。

チヅルちゃんの体重は、前回の来院時に測って、四十五キロということは判っていたので、大人量に準じて薬の量を決めた。

「マルコちゃん、君の体重はどのくらいあるの?

「う一ん、わかんない」

そこで、診察室の体重計に乗ってもらうと、二十五キロであった。

「二十五キロか、じゃ、お姉ちゃんの半分位だから、薬の量も半分にしようね.

 

受付で、チヅルちゃんが、不満顔だ。

「先生ったら、私の体重を言っちゃうんだから。妹の倍なら、私、五十キロになっちゃうじゃない」

妹にも内緒にしていた体重が、私の何気ない一言でバレてしまったことが、大変に気に障ったらしい。

 

「女性の体重は、絶対に口外しないこと」と、改めて心に誓った次第。(たとえ十歳の女の子の体重であっても

 

 

報復

 

風邪で受診されたオチァイ君が、診察室を出る時になって、突然聞いた。

「先生よう、あそこのポスター見たら、水虫の薬があるって書いてあったけど、俺にもくれるかなあー」

「あー、いいよ。君の足を見せてごらん」

オチアイ君の両足は、立派な水虫であった。

「どうしたの、何時から、こんな具合なんだい?

「俺よう、親父の『安全靴』借りて履いたらよう、伝染されちまったんだよう。カイくってカイくって、しょうがねえんだよう」

「じゃ、足をきれいにして、朝夕二回は薬をつけて

 

「だからよう、俺、妹に、風邪を伝染してやったんだ」

何が「だから」なのか、何の関係もないと思うが、「だから」、かわいそうな妹、顔が小さくて、腕も足も細くて「ハカナゲ」な美人のイツコさんは、今日も、咳が止まらないと言って当院にやってくる。

 

 

うまそう

 

アヤベミチコさんの御主人が、消化器の病気で大手術を受けた。傷の回復が遅れていて、点滴だけの毎日が続いているという。

「うちの主人は大食漢だから、食事が出来ないということは、大変なイライラらしいんです。私を見て、『お前うまそうだな』なんて云うんですよ。余っている所を、少し食べてもらおうかしら」

 

ミチコさんが、白くてポチャポチャしていて、おいしそうなのは事実だけれど。

 

 

詭弁

 

待合室に、高血圧の食餌療法、腰痛や肩凝りの運動療法など、数種類のパンフレットを置いた。九歳のアキラ君が、そのうちの一つ、「お酒の上手な飲み方」のパンフレットを読みながらお父さんに言った・

「お父さん、お父さんのお酒の量は多すぎだよ。ほら、ビールなら一日一本位、日本酒なら一日一合まで、ウイスキーならダブルで一杯って書いてあるじゃないか」

すると、お父さんは、さすがに学校の先生、少しも慌てず、

「だから、お父さんは毎日それを守っているだろう。ビールー本飲んだ後、日木酒を少し飲んで、最後に、ウイスキーで終わりにするじゃないか」

 

 

大安

 

Oさんは、月に1回程度、定期的に血液検査が必要な患者さん、「今日は、朝の食事をまだしていないから、検査してもらおうと思って」と、クリニックに現れた。

 

採血の準備をしていると、Oさんが言った。

「本当は、きのう検査したほうが良かったんだけどね」

「なぜ?

「きのうは、『大安』だったでしょ」

「?」

「大安の日に検査をしたほうが、いい結果が出たんじゃないかと思って」

 

人の出生や死亡が、月の満ち欠けに関係があるという俗説(それを、まじめに研究した医者もいるが)はあるが、大安の日に検査を受けると良い結果がでるなんていう話、私は浅学にして知らない。

 

 

ジュース

 

東南アジア旅行から帰ってから一週間、下痢が続いているといって来院のNさんは、二十二歳のスラリとした娘さん。コレラや赤痢なども考えたが、その疑いも解けたので、処方を出して、最後に食事指導ということになった。

「必ず火の通ったものを食べて下さいよ。生野菜やジュースは、下痢を長びかせることになりますよ」

すると、Nさんは、困った顔で黙っている。

「どうしたの?

「実は、私、ジュースを試飲することが仕事なので、毎日、飲んでいるんです」

 

カルテで職業を確かめると、某飲料水メーカーにお勤めであった。仕事上、ジュースを止める訳にもいかないし、沸かして飲むというのも変だし…。

 

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義歯

 

診察室に人ってきたTさんは、口を押さえ、涙を流しながら、しきりに唾液を飲み込んでいる。吐き気が強いとのこと、落ち着いていた慢性の胃炎が、また悪くなったのかと心配されたが、原因は外にあった。

Tさんは、異物に対して殊のほか「嘔吐反射」が強く、胃のレントゲン検査の時など、口に含んだバリウムを検査台の上一面に吐き散らし、叱られたこともあるという。

今日は、当クリニックを受診するので、美容のために義歯をはめたところ、これに反応して、吐き気が止まらなくなったというのである。

「御飯を食べる時はどうするの?」

「食事の時は、これがないと食事が出来ないと思うから、吐き気は起こらないんです」

同じ物を口に入れるのに、どうしてこの差が出るのだろう。Tさんの「嘔吐反射」は不思議だ。

 

 

派閥

 

茅ケ崎の北辺、開発の進む当地も、住宅が建ち人口が増加するにつれて、高齢者の数も年々増えてきて、「老人会活動」も活発になってきた。

人の集まるところ、必ず、何かを目的としてグループが自然発生するのは世の常、この「老人会」の中にも、「派閥」が形成されてきていると言う。

ただし、どこかの国の、醜い内紛を続ける派閥とは異なり実に和やか、近くの整形外科に通院する「ヤマセ会」とか、理学療法に通う「接骨会」などと名乗り、誘い合ってグルーブをなして出かけ、治療が終わると一緒にお昼を戴くお仲間達である。

 

その内に、当クリニックにも、「ミワナイ会」などという派閥が出来るかもしれない。

 

 

彼女

 

K君、昨年の二月、お母さんに連れられて、開院四日目の当クリニックに来院された時は、目分の症状を説明するにも、いちいちお母さんの顔を見ながらという、まだ、紅顔の中学三年生であった。

それから二年八カ月、再び、当クリニックを風邪で受診された時は、体も大きくなったが、待合室で長い足をデーンと開いて、態度もかなり大きくなっていた。微かに煙草の臭いもするし、何と言っても、「お母さんに連れられて」ではなく、「彼女をつれて」の来院であった。

この年頃、その成長は速い。この次ぎ、二年もすると、今度は子供を連れて来院だなんて…、まさか…でしょうね。

 

 

トリック

 

患者さんのIさんとSさんの二人が、相次いでMさんのトリックに引っ掛かった。

当クリニックの診療アシスタントとして働いているMさんは、袋物を作るなど手芸にもなかなかの腕を持つ若いママさん。十二月の始め、クリニックの中をクリスマスらしくしようと、手作りのクリスマスリースを壁に飾り付けてくれた。そして、クリスマスツリーに見立てた観葉植物のカポックの枝のあちこちにも、ニセンチほどの径の、作り物の真っ赤なリンゴも沢山吊り下げた。

「この木に、こんな実がなるのー?」

驚きの声をあげたIさんは、カポックの木に近づいて見て大笑い。

「いやだー、私、だまされた。この木は、うちにもあるのに、実がなることはなかったからー

すぐ後に来院されたSさんも、同じ様に見事に、この「カポックの実」にかつがれて大笑い。

来年は、どの木にどんな実をならせて、患者さんを驚かせようか。(鬼が笑っている。)

 

 

ほめ殺し

 

七十八歳の男性Hさんが、ニコニコしながらクリニックにやってきた。

「このあいだね、地区の体力測定がありましてね、跳んだり跳ねたり、いろんな検査を受けたんですよ。そしたらね、『五十歳の体力ですね』と、いわれましてね。『ほめ殺し』にされてしまいそうで

貧血も強く、腰や膝に痛みのあるHさん、いくら分別があるつもりでも、「二十歳も若い」などと「ほめ.」られたら、ついその気になって無理をして、「殺されて.」しまう心配は充分にある。

最近の新聞を賑わせる「ほめ殺し」という言葉は、実に陰湿で不快な響きを持っているが、Hさんの経験した「ほめ殺し.」ならば、「腰痛になってから急に老けこんだ」と言われる私も、一度くらい、「ほめ殺されて」みたいものである・

 

 

 

 

ふさ、ふさ

 

今年の三月末日をもって某公立中学の校長先生を退官したNさん、悠々目適の生活に入ってニカ月が過ぎた。

「最近は具合はどうですか?」

「いやー、すっかり気が緩んで、すぐ病気になってしまいますよ。仕事のあったときは、少々の事では出勤したんですがねー」

「しかし、最近、気がついたんですが、髪が増えてきたんですよ」

今年一月の教え子の結婚式のビデオで祝辞を述べている自分と、最近の鏡の中に見る自分の頭を比較して感じたのだそうである。

イジメ、登校拒否、学内暴力、その他、学校の内外に色々と問題を抱える学校長の連日の心労が、いかに頭(いや、頭の毛)を痛めていたのかと御同情申し上げた次第。

 

あと一年も休養すれば、Nさん、髪もふさふさと、第二の青春が始まるのであろう。

 

 

かくしゃく

 

Kさんが、浮かぬ顔でクリニックに現れた。最近、老人会に出ても、同世代の友達が、次々と、病気になったり亡くなったりして少なくなり、寂しくなってきたというのである。

「一回りも歳の離れた『若い』人達とは、話も合わなくて

大正七、八年生まれ、私の父母ほどの年齢の会員を、『若い人』と呼ぶKさんは、明治四十一年生まれの八十五歳、今日もバイクに乗って颯爽と走り回っている。

 

 

 

花見頚

 

以前から、肩凝りやら頭痛やらで通院されているFさんが、また、頚が痛むと言って来院された。

「どんな具合に痛みますか?」

「上を見上げると、項(うなじ)のあたりが痛いんです」

「頭痛は?

「ありません」

「肩凝りは?

「今回はありません」

いつもの症状と少し違うようなので、もう少し詳しく聞いてみることにした。

「最近、何かやりました。例えば、上を向くようなこととか」

しばらく考えていたNさん、はたと、思いついたように言った。

「そう言えば、数日前、夜桜を見に行きました」

夜桜を見上げて歩いているうちに頚が痛くなったというのが、真因であったようだ。

 

五十肩、あるいは四十腰などという言葉があるが、こんなのは、「花見頚」とでもよぶのであろうか。

 

 

タマネギ時

 

春先から梅雨の頃にかけて、俗に、「木の芽時」などとも呼ばれ、昔から、神経科の患者さんが増える季節とされている。

内科においても、この季節は体調を崩しやすく、食欲不振、抑うつ、不眠、イライラなどを訴える患者さんが多くなる。Nさんもその一人、この季節に出回るタマネギの臭いがたまらなく不快に感じ、気分が滅入ってしまう、思考がまとまらなくなり、時々、変な事を口走ってしまうのだと言う。

 

Nさんのばあいは、「木の芽時」ではなくて、「タマネギ時」とでも呼ぶのであろう。

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イッツミー効果

 

当院の胃の内視鏡検査の予約が、二週間先まで一杯になってしまった。どうしても「検査を早くしてほしい」という要望が多く、市の成人検診も並行して行われていて忙しい時期に、検査を一日二件づつにしたのだが、さらに増えそうな勢いで、「お腹が空っぽなら、何時でも、その場でも検査をやりますよ」などと言っていた八月が、まるで嘘のように思える。

これには多分にマスコミの影響が考えられる。テレビの司会などで有名な逸見氏の「胃癌」の報道があってから、今までほとんど忘れていた胃の症状が急に気になりだした人、また、胃のレントゲン検査で異常があり、内視鏡検査が必要とされていながら無視していた人が心配を覚えた結果が、当院の開院以来の予約満杯を引き起こしたものと思われる。

私が胃の検査の重要性、癌の早期発見に対する内視鏡検査の必要性を何度説明するよりも、マスコミの報道は、強力な印象を与えたようである。

 

その点では、「イッツミー効果」は絶大なものであったが、しかし、逸見氏個人のプライバシーとして本来護られるべきものを暴き立てての結果であるという点からは、幾分、不快感の伴う「効果」でもある。

 

 

蕁麻疹

 

校医をしている北陵高校で、この秋行われる二年生の修学旅行のための健診があった。旅行に出ることに心配がある生徒の不安を、すこしでも少なくしようということのようであった。

養護の先生のもとに寄せられた心配のうち、一番多いのは、「乗物酔い」で、相当数の生徒がその不安を訴えていた。その他、慢性の持病を持つ生徒の相談なども散見された。特に不安の強い三人の生徒については、直接面接をして、処方をだすことにした。

「この子は、面接には来ませんが、一寸困っているんです」

養護のY先生が面接票の一枚を私に示した。

『イカ、タコ、エビなどがだめ。天丼のエビを除き、下の御飯をたべても出る』

「何ですか、これ?」

「この子、エビやイカで蕁麻疹がでるんです。天丼のエビの天麩羅をわざわざ避けて、その下の御飯だけたべたんですが、やはり、蕁麻疹が出てしまったらしいんです」

「それは大変ですね。旅行の食事でイカやエビなどが出たらどうするんですか」

「この子だけは、肉を使った特別メニューをホテルにお願いするようになるでしょうね」

エビやイカ、タコなどは日本人の最も好む魚介類であるから、それを使ったメニューは多い。洋風の食事でも、ピラフなどではこれらが使われていうものがある。これらは、また、小さく刻まれて隠し味的に使われることもしばしばある。

 

この男子生徒は、今後、常に食事の中昧に気を配り、それでも時々まちがってそれらを口にして、蕁麻疹に悩みながら人生を送って行かねぱならないかと思うと、他人事ながら、気が重くなる。

 

饅頭恐い

 

仲間が、自分に悪戯をしかけようとしている事を知った利口な男が、寝言を装って、「饅頭恐い」と眩く。

それを聞いた悪友は大喜び。さっそく、大皿に鰻頭を山に盛って、「それ食え、それ食え」と攻め立てる。くだんの男、「恐い、こわい、こんな恐い饅頭は早く食って、なくしてしまおう」と、実は甘いものが大好物、みんな一人で平らげてしまうというのが、小話「饅頭恐い」の荒筋。

植木職人のIさんは、その仕事柄、十時や三時のお茶の時間に菓子などを出されることが多い。本来、甘いものが大好きなIさん、手を出したいのをじっとこらえて、菓子を横目にお茶だけをいただくことが多いという。胃が悪いIさんに甘い物を禁物。少し食べすぎると、次の日、きまって胸焼けで苦しむことになるからだ。

 

これが、本当の「饅頭恐い」。

 

 

満潮

 

肝機能検査のために採血を受けたSさん、針を抜いたあとアルコール綿でしばらく押さえていたが、なかなか止血しない。

「先生、今、満潮でしようか?

「何故?

「言い伝えでは、『満潮の時出血しやすい』と言うでしょう」

これは、初耳である。

「『出産は満潮の時に多く、干潮の時、死ぬ人が多い』とも言うじゃありませんか」

 

こちらは聞いたことがあるが、これからは、出血が予想される検査のある時は、あらかじめ暦を調べて、潮の満干も考えて検査にかからねばなるまい。

 

 

犬の薬

 

風邪様の症状のあとに起こった咳や痰を主訴に、Kさんがやって来た。急性気管支炎との診断で、抗炎症剤、鎮咳剤、それに去痰剤の三種類を組み合せて、五日分の処方を渡した。

一週間ほどして、Kさんが、また、クリニックに現れた。前回の薬はよく効いて、咳はすぐに治まったと言う。

「ところで、先生、あの薬は、犬にも使うんだねえ」

「どうして?

「うちの犬が、グスグス、コンコンしていたから動物病院につれて行ったら、この間、私が貰った薬のうちの二種類と同じものが出てね、うちの犬も直ぐに治ったよ」

「言っとくけど、あれは犬の薬じゃなくて、人間のためのものだよ。犬にはそれを利用しているだけだよ」

「それは分かっているけど、まさか、うちの犬と同じ薬をのむとは思わなかったな。犬の方は五日分で五千円も取られたけど、私のは二百いくらしか払わなかったが、あれで先生、儲かるのかねえ.

「大丈夫だよ。残りはちゃんと保険で貰っているから」

 

私達のヤリトリを横で黙って聞いていた医療アシスタントのTさんの頭に、何かがヒラメイタようだ。

「こんど、うちの犬が病気になったら、その症状にあった薬を、ここで私の保険で貰って、それを飲ませれば安く済むわ」

Tさん、それはいけません。法律を犯すことになりますよ。ペットを飼う人はみな、動物病院の治療費が高いことが頭痛の種。だから、保険証の家族の欄に愛犬や愛猫の名前も加えて、動物病院でも保険が効かぬものかと考えているのは事実だけれど。

 

 

怪我の功名

 

太平洋戦争後の混乱した時期に青春時代を送った人達も、六十歳を越える年代になってきた。この世代の中には、当時の一時期、覚醒剤注射などに手を染めた者も多い。

点滴が必要になって腕をまくると、静脈が何本もつぶれている。

Yさん、昔、大病でもしたの?あちこち、静脈がつぶれているけど、点滴を沢山やったことがあるの?」

「いやー…、その若いころに…、そのー…、覚醒剤を少し…」

などと、若気のイタズラが露見する。

糖尿病でインシュリンの自己注射(毎日、目宅で自分で注射をすること)が必要になったEさんに、注射の仕方を説明しはじめると、ニコニコ笑いながら、

「先生、大丈夫です。注射器は使ったことがありますから」

医療に従事していた訳でもないのにと、私の顔に表れた不安を見てとったのであろう。Eさんは自信ありげに言った。

「先生、実は、昔、ヒロポン(覚醒剤の一つ)をやったことがありますから」

 

Eさんの糖尿病は、現在、非常に良くコントロールされている。こういうのを、「昔とった杵柄」と言うべきであろうか。それとも、「怪我の功名」と言うべきであろうか。

 

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お母さんと一緒に診察室に入ってきたユータ君が突然叫んだ。

「あれ、誰の骨?」

「えつ、骨?」

驚いた私がユータ君の指さす方を見ると、診察机の前のシャゥカステン(レントゲン写真を見るための蛍光灯の入った箱)に、胸の写真が一枚かかっている。なるほど、確かに「骨」が写っている。

日頃、胸部レントゲン写真では、骨よりも肺や心臓の陰影を観ることを重視しているので、同じ胸部写真の「骨」にまず注目する子供の見方に、新鮮な驚きを感じた。

 

 

おつかい

 

内視鏡検査で撮影されたフイルムは、専門の現像所に送って現像してもらうことになっている。そこで、内視鏡検査が多いと、週に二三回、郵便局に出向くことになり、局の事務員さんとは、自然、顔見知りになった。

今日は、フイルム送付以外に、預金も女房に頼まれた。昼過ぎの時間、小さな局の中には、すでに五、六人の先客があった。

待つことしばし、窓口に呼ばれていくと、戻された貯金通帳の入ったトレイには、小さなティッシュパーパーの袋と飴が三粒一緒にのっていた。

通帳とティッシュをバッグに納め、局を出て、ブラブラと畑中の道を帰る。

 

「良い子のおつかい」のご褒美に貰った飴を舐めながら。

 

 

ナイススイング

 

Fさんには、「気がかり」が一つあった。「若気の至り」で左腕から肩にかけて入れた彫り物であった。

大好きなゴルフの時も、いつも長袖を着なければならない、まして、孫を持つような年齢になると、この彫り物が心の重荷になってきた。そこで、某病院で皮膚の移植術を受けて、これを消すことになった。

手術を受けた直後はまわりの健康な皮膚と明らかに色が異なっていた手術部位も、年がたつにつれて、目立たなくなってきた。

最近では、短い袖のシャッツを着てゴルフに出かける。

「先生、最近、ゴルフがうまくなってね」

Fさんは、ニコニコ顔で言った。

「手術をしたことが良かったみたいでね。クラブを大振りしそうになると、肩の傷がひっぱられるから、自然にコンパクトに振れるようになってね…、だから、最近は五十をオーバーすることがなくなりました」

 

永年の「呪縛」から解き放たれて、Fさんの顔は輝いている。

 

 

雀蜂

 

ある秋の夕方、クリニックの玄関を出た患者さんの叫び声が、診察室の中まで響いてきた。

「先生!蜂に刺された人が倒れています!」

飛び出してみると、クリニックの前の植え込みの端に、農作業姿の男性が腰を下ろしている。顔面は蒼白で、額から首にかけて玉のような汗が浮いている。

「どうしました?」

「スズメバチに刺されて…」

意識はあるが声に力がなく、フラフラとしている。

この汗!、この顔色!、雀蜂の毒によるショック状態だ!、雀蜂に刺されると、時に命を落とすこともある!。こんな言葉が頭にひらめいた瞬間、私は思わず大声を出していた。

「すぐに、救急車を呼んでー!」

Kさんと名乗る四十八歳のこの男性は、クリニックの玄関まで入ったところで、崩れるように横になってしまった。間もなく救急車が到着、Kさんは担架で搬送されて行った。クリニックの前の駐輪場に、自転車と鍬(くわ)と軍手、それに笹にくるまれた山芋五、六本を残して。

Kさんの断片的な話を綜合すると、近くの山に知人と二人で山芋掘りに行き、そこで身体二箇所を雀蜂に刺された。痛みをこらえ、ようやく当院までたどり着いたということであった。

次の日の朝、

「まだ、フラフラします。もう少し入院しているように言われたんですが、仕事もあるんで…」

と、昨夜一晩の入院でともかくも元気を取り戻したKさんが、クリニックに現れ、置いてあった自転車に乗って帰って行った。

あのショック状態で、自転車を押し、鍬を担いで当院にたどり着いたKさんの事、このまま回復すると思うが、しかし、その気丈さに敬服。

 

 

以心伝心

 

土曜日の午後、昼食を取っているところに、Aさんから電話が入った。お子さんのS君が発熱しているので診てほしいとのことであった。

クリニックの玄関のカーテンを開け待つことしばし、S君はお父さんに連れられて来院。診察を終えたが、コンピューターのスイッチを切った後なので、

「診療費は月曜日にでも払いに来て下さい」

と、薬をお渡しした。

それから二週間ほどがたったが、Aさんは来院されない。事務のクミコさんが、「電話でもしてみようかしら」と、心配を始めた。

「そうだね、S君がその後どうなったかも知りたいからね」

クミコさんが電話をしてみたが留守であった。受話器を戻したその時、カウンターの前に一人の女性が現れた。

「Aですけど、まだ子供の支払いが終わっていないそうで…。主人にも、『早く行け』と叱られていたんですが、すっかり遅くなってしまって…。どうも済みませんでした」

あまりのタイミングの良さに、クミコさんは勿論、妻も私も、しばらくは無言。

 

この手がいつも使えると、電話料が大分節約できるのだが…。

 

 

親知らず

 

A画伯は、今年、百歳を迎えた。個展を開けば、出展した作品が完売となるなど、ますますの活躍ぶり。

最近、「歯痛」で歯科医を受診したところ、「親知らず」が顔を出してきたためとの診断であったという。

「親知らず」とは、「親が存命中には生えてこない、それほど遅く萌出する歯」という意味のようだが、この画伯の場合は、「子知らず」、あるいは時によっては、「孫知らず」と呼ばれかねない。

 

その底知れぬバイタリティに脱帽。

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