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オーディオシステム新展開


目次

近況、 オーディオシステム紹介など

オーディオ新展開(その1)

オーディオ新展開(その2) 低音フェチ

 オーディオ新展開(その3) 

オーディオ新展開(その4番外編) 大パイプオルガン実奏
 
オーディオ新展開(その5) 大型スピーカー購入

ーディオ新展開(その6)
定評のラックスマン真空管アンプ


オーディオシステム新展開(不定期連載7)
超ロングセラーMCカートリッジ DENON「DLー103」


オーディオシステム新展開(不定期連載8)
いよいよパイプオルガン曲再生


オーディオシステム新展開(不定期連載9)
とうとう、真空管セパレートアンプ購入


オーディオシステム新展開(不定期連載10)
新築リスニングルームで音楽鑑賞


宮崎弘徳さんへのメールはこちら
  
オーディオシステム 新展開  (不定期連載 10)  
                          
    新築リスニングルームで音楽鑑賞
                          宮 崎 弘 徳


 1986年11月末に完全引っ越し(オーディオ装置はそれ以前に引っ越していました)、夜もボリュームを気にすることなくレコードを聴きまくりました。実際は完全防音ではないことを確かめていたのですが、嬉しくて嬉しくて仕事しながらも絶え間なく聴きつづけました。西隣の住人には、少々の音漏れは勘弁してくれと心で謝りながら。年末にはベートーヴェンの『第九』を何枚も聴き比べて楽しみました。
 購入した管球セパレートアンプのサウンドは「産地直送」という感じで鮮度と分解能がよく、LUX38Uでは音が鈍(なま)っていて、左右の広がりや奥行きにおける音の分離がよくなく、いわゆる「団子」だったことに気づきました。いい気持ちですべてのLPを聴きなおし、新しいLPも増やしていきました。
 そんな発見もあって、多少は高級なレコードプレーヤーがほしくなり、カナダ製のベルト駆動ターンテーブル『ORACL Delphi』を購入しました(中古)。ターンテーブルを3本のバネ入り支柱に載せて実際は吊り下げるという、斬新な構造と機能美が気に入ったのです。付けてあるアームは、これまたマニア御用達の「SME3010R」。こうなると、カートリッジはあこがれの「SPU-G」しかありません。いつものアンプメーカーに頼んで(スピーカー・エンクロージャーの設計製作、ターンテーブル=ガラード用ボード設計製作、カートリッジの改造なども行っていた)、「SPU-G」の響きを増す蓋をシェルの下面にかぶせてもらい、さっそくデノンのDL-103に代えて装着、明らかに濃厚で華やかになったサウンドを堪能したものです(写真でお分かりのように、アームに対してカートリッジが不釣り合いに大きい)。そして、こんな素晴らしい音を聴いてもらいたいと、1987年夏に、愛読していた『季刊ステレオサウンド』の「菅野沖彦のオーディオファイル訪問記」に応募のはがき(だったかな?)を出しました。どうせダメだろうと思っていたら、なんと、すぐに編集部から電話が来て、1週間後に取材してくれることになったのです。驚き、喜び、かつ、とまどいました。
 僕の狙いは、サン・サーンス作曲『交響曲第3番オルガン付き』(ユージン・オーマンディ指揮,フィラデルフィア管)を聴いてもらうことです。この曲は、圧倒的な完成度で迫るベートーヴェン『交響曲第5番(運命)』の呪縛から解き放たれようと藻掻いていた、オルガニストでもあったサン・サーンスが、独奏楽器としてパイプオルガン(+連弾ピアノ)を用いるというアイディアを思いついて書いたといわれています。たしかに、オルガンの超広帯域全般にわたる高貴な音色と、コントラバスにも出せない超低音を存分に生かした交響曲で、古典派音楽の延長線上にありつつ構成は斬新、メロディーも美しく、聴く者をぐいぐい惹きつけます。まさに音響芸術の極北といっても過言ではないでしょう。
 取材は慌ただしく終わりました。たしかな記憶はありませんが、たぶんバッハの『無伴奏チェロ組曲』やヘンデルの『オルガン協奏曲』などを聴いてもらい、最後に『交響曲第3番オルガン付き』を掛けたと思います。
 静かな出だしから徐々に盛り上がっていき、オルガンが荘重な旋律を奏ではじめて、第2、第3楽章のコーダへとなだれ込んでいくわけですが、今となってみればやや恥ずかしいサウンドでした。目玉のオルガンのペダル音も、中低音はともかく、最低音(16Hz)は正確な周波数で再生できないどころか、なんとなく低い周波数の音が不規則に放射され、空気の波が皮膚をかすかに撫でるという程度。全強奏は混濁し、弱音は逆に力みすぎて、タンノイの、本来はやわらかく艶のあるヴァイオリンの音色などがヒステリックに聞こえました。
 この取材記事は、はやくも1ヵ月後発売の『季刊ステレオサウンド No.84 1987年秋号』に掲載されました。「評者」の菅野さんはさすがにオーディオ評論家、なんと上手な表現で僕の装置の特性を言い当て、読者に伝えていることでしょう!
「測定上の毒がうまく音楽鑑賞のスパイスになっている独特のサウンド」
 「音楽鑑賞のスパイス」は最大限のお世辞で、要するに、位相も狂っていて、波形もゆがんでおり、周波数バランスも悪い、ということでしょう。それでも、この人物(宮崎)の聴きたいサウンドはわかるような気がする──こう述べているのだと理解したものです。
 もともと、この管球アンプは製作者=S氏が「高音にアクセントを付けると音楽にメリハリがつく」という理由で、高音はややきつめに味付けしてあるということでしたが、さらに、軽針圧・軽量カートリッジ用のオラクルと、重針圧・重量カートリッジSPU-Gという組み合わせに無理があったのです。SPU-Gの低重心かつ濃厚なサウンドを聴きたいばかりに、トータルなバランスに思い至らなかったのでした。
 そこで、いったんSPU-Gをあきらめ、同じオルトフォンでも軽量・軽針圧で解像度が高く、低域から超高音まで広い再生帯域を誇る「MC20 MKⅡ」というカートリッジを使うことにし、アーム=3010Rの先端に付けてカートリッジを装着するヘッドシェルも、SMEという有名メーカーの「SME-S2-R」という高価なものにしました。さらに、カートリッジが発電した電流をアーム内のコードへ送るためのピンコードも、当時、流行りの無酸素銅使用のものにするなど、ずいぶん無理して投資したものです。
 さて、タンノイ「アランデル」が放射したサウンドは──大枚を投じたのだから、(期待・願望を背負って)悪かろうはずがありません。ヴァイオリンは潤むように輝き、チェロは毅然として弾み、金管楽器はつややかに咆哮し、木管楽器はしっとりと落ち着き、コントラバスやオルガンの低音域も重くなりません。しかも、SPU-Gのときは再生音が「団子」状だったのに、「MC20 MKⅡ」ではまるでステージに楽器一挺一挺が展開し、それぞれの楽器が目の前で奏でているようです。こういう再生音を「音の粒立ちがいい」というのだろうと得心しました。
 これまでとは次元を異にするかのような素晴らしいサウンドで楽しく、もっといろいろな曲を聴きたいという欲望も膨らみ、古楽から現代音楽まで幅広い時代のレコードを、同じ興味を持った長男とともにどんどん買い足したものです。





    





オーディオシステム 新展開  (不定期連載 9)

    
とうとう、真空管セパレートアンプ購入
                           宮 崎 弘 徳

『ステレオサウンド』誌のアンプ製作者S氏の広告には、ユーザーのスピーカーや要望を聴いたうえで回路設計をし、小さな抵抗素子からコイルやコンデンサー、そして電源トランスまで手作りすると書かれています。ラックス・アンプのドライブ能力に疑問を持ちはじめていた、ちょうどそのタイミングだったので、どのみち手の出ない高額品ばかりだろうと思いながらも、初めてそういうマニアックな場所へ行ってみました。
 
オーディオルーム兼製作ルームは玄関続きの1階で、その奥が吹き抜けになった2階造りになっており、さすが音響について考えられた家でした。オーディオラックの下段には大きな2本の大きな真空管が剥き出しになったパワーアンプと、ラワンの板で囲われている管球プリアンプ、上段には自家製の木製ボードに取り付けられたターンテーブル=ガラード301ハンマートーン、アームはオルトフォンRF297、カートリッジはオルトフォンSPU-A(ほか2台)。そして正面には、38cm口径のウーハー130A、ツイーター075、中高音用ドライバーLE85(いずれもJBL)を取り付けてある、無垢の木で組み立てられたサランネットのない巨大なスピーカー・エンクロージャー(以上はすべて、後で知った有名なメーカー・製品名)。
 最初にS氏が鳴らしたのは、名前は知っていたものの聴いたことはないマイルス・デイヴィスの『WALKIN’』。出だしの鮮烈なマイルスのトランペット、それに続く明快なリズムと旋律。ジャズについては耳を傾けて聴いたことがなかったのですが、とても知性的な奏者・曲だと感じ入りました(以降、マイルス・デイヴィスを軸にして、少ないながらもジャズの演奏を聴いています)。「おお、ジャズのベース(コントラバス)ってこんな音なのか!」と納得しました。

 
しかし、わがタンノイではジャズを聴いたことがないので比較しようもありません。
 また、ヴィヴァルディ以外にほとんど聴いたことがなかったバロック時代の作曲家(モンテヴェルディやペルゴレージなど)の曲も聴かせてくれました〔後々、息子が興味を抱いて僕と二人でせっせとテレマン、(アレッサンドロ/ドメニコ)スカルラッティ、テレマン、ブクステフーデ、カンプラ、シュッツ、ラモー、シャルパンティエ、クープラン、パーセル、コレッリ、パッヘルベル、アルビノーニ、ビーバー等々たくさんの作曲家のレコードを集めました〕。バッハやヘンデルはべつとして、モーツアルトやベートーヴェンをはじめ、ほとんど古典派以降の曲ばかり聴いてきた耳には新鮮でした。

 
大音量で響くサウンドは、低音が豊かに力強く鳴るとか、高音の刺がなく滑らかだとかいうより、低音は弾むようで、中音もしっかり出ており、音の透明度と鮮度が高く、輪郭がくっきりしているという印象でした。奥行きや左右の広がりなど音場感はレコードやリスニングルームに大きく依存するので、さして注意していませんでした。というのも、わがシステムでもソースしだいで、リスニングポイントを正面からずらしても平行四辺形のような立体音場が形成されるので、左右のスピーカーが適度に離れていれば当然だろうという気持ちだったからです(もちろん、あとで確認できました)。
 ただ気になったのは、アンプから常に出る「ブーン」という低音域のノイズでした。音楽が鳴りはじめれば意識から消えてしまうのですが、やはり気になります。製作者によれば、「無帰還だから」ということでした。僕にはよくわかりませんが、なんでも真空管のノイズを消すために通常は「負帰還」をかけるのだが、そうすると「音が鈍(なま)る」そうなのです。「音をストレートに出すために無帰還」にしている、だから商用交流電源の周波数(東日本では50Hz、西日本では60Hz)のハムが出るということでした。それでも、無帰還でこれほど小さなハムに抑えられるのは(他のアンプ製作者には真似のできない)驚異的な技術であること、さらに、一般的にアンプは「定電圧駆動」だが、彼のは「定電流駆動」だ等々、いろいろ専門的な話を聞かされました。また、「弟子」と称する僕より若い人もいて、「(外国製の高級アンプ)マークレビンソンに替えた人が1週間もたたないうちにS氏のアンプに戻した」などと、S氏のアンプについて口を極めてほめるのでした。

 
たしかにアランデルのウーハーのように「泳ぐ」ことのないしっかりした低音、LE85がホーンを通して投げかけるふくらみのある音、075のピュアな高音がとても魅力的でした。
 
それから何度か通ううちに、S氏のセパレートアンプの荒々しいまでのパワーと、深みのある質感の良さ、スピーカーシステムの弾むような低音域、適度な艶のある中高音域に特徴があるということがわかってきました。対する我がプリメインアンプは分解能や力強さ、音の生々しさなどにおいて限界があり、S氏セパレートアンプより明らかに劣ります。一方アランデルは、低音域は切れが悪くスピード感がなく、ジャズなどで多用されるコントラバスのピチカートを鳴らすには不向きであるものの、パイプオルガンなどの持続低音(再生音程にやや幅があるけれど)はS氏スピーカーより僕の好みの音を出すうえに、中高音域のしっとり感は捨てがたいと思いました。
 
実はそのころ、住んでいる借家から直線距離で100メートルほど離れた土地に、新築の準備を始めていました。当然、二十歳前から切望していた、防音処理を施した13畳余りのリスニングルームを2階にしっかり確保しての設計(これは100%妻のおかげでした)。この話をS氏にすると、リスニングルームの天井は付けずに屋根裏剥き出しのほうがいいとのこと。定在波も発生しないし、空間が大きくなる、と。なるほど、と僕はさっそく建築会社に申し出ました。ところが、予算の制約から無理だとの返答。その代わり、2ヵ所の照明器具取付部を凹ませてくれることになりました(照明器具が天井からぶら下がっていない分、少なくとも視覚的にはよい結果をもたらしました)。
 
そんなこんなで、とうとうS氏製作の811という真空管を使ったパワーアンプと、やはり真空管式プリアンプを購入することにしました。いずれも製作はしたものの売れていない、いわば“新古品”。「ユーザーのスピーカーや要望を聴いたうえで回路設計をし、小さな抵抗素子からコイルやコンデンサー、そして電源トランスまで手作りする」というコンセプトはどういうことなんだ? と疑問を抱きました。それでも、アランデルをセパレートアンプで鳴らしたいと強く思い、かつ流れにながされていた僕は、リスニングルームの完成を待ちきれず、これまで購入してきたオーディオ製品の価格より一桁上の値段で購入しました。
(写真は、購入したパワーアンプとプリアンプ






●オーディオシステム新展開 (不定期連載 8)

        いよいよパイプオルガン曲再生

                             宮 崎 弘 徳

鳴らしはじめた「アランデル」の音は評判どおり艶があり、これまで聴いていたYAMAHANS-600」の音が素っ気なく乾いていたように感じられました。この音質の「差」の「本質」について、後々、僕なりにわかることになるのですが、それはともかく、中高音はきめの細かな潤いのある音で各楽器を鳴らし分け、低音域もこれまで考えられないほどの低周波が圧倒的なスケール感をもって再生されます。当然サウンドはスピーカーだけではなく、分解能の高いMCカートリッジと、電気信号をピュアなサウンドに仕上げる真空管アンプとの三者連係プレーによってもたらされるもので、性能的に一応バランスがとれていると感じました。

 僕は基本的に大オーケストラ曲が好きなのですが、繊細な音も出るようになってバッハの「無伴奏チェロ組曲」、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲などはもちろん、さらには、念願のパイプオルガン曲をも聴くようなりました。ただ、パイプオルガン曲はどの程度の低音がLPに刻まれているのかわからないため、どの程度再生されているかもわからないので、いろいろ調べてみました。

 よくしたもので、世界には「超低音マニア」が大勢いて、欲求を満たすためのレコードがありました。普通のレコード店にはなく、渋谷・宮益坂の上にあるレコード店まで息せき切って買いにいきました。それは「驚異の16Hz!」と謳っているダイレクトカッティング盤で、バッハ「トッカータとフーガ」、バッハ編曲「ヴィヴァルディ・ラルゴ」などが収録されていました。

 16Hzは88鍵ピアノの最低音の1オクターブ下の周波数です。30Hzは再生するはずのアランデルは、はたしてどのように反応するか。不安と期待に充たされながら針を下ろして再生。

「トッカータとフーガ」冒頭の煌びやかな高音から3段階経て最低音へ雪崩れ落ちる。と、その最低音は「フルフル」というコーン紙の振動音になったかのよう。わずかに超低音らしい雰囲気は体に伝わってくる。が、「音程」までは聴き取れない(人間の可聴帯域は20Hzくらいとされているので、そんなものかもしれません;ただ、みなさんそうだと思いますが、ピアノを聴き慣れているのでなんとなくわかります)。しかも低周波のエネルギーをレコード盤に刻むので溝の幅が広く、針先が微振動を生じて微かなノイズを発生する(これはカンチレバーが硬いからで、数年後、柔らかなオルトフォンMC20Ⅱを使った際は微振動が生じなかった)。

 というわけで、僕の「渇望」を完全に満たしてくれるプレーとはいきませんでした。しかし、低周波振動を体で感じることができて、とても嬉しかった。

 その後、オーディオチェックレコードも買ってきて、30Hzが再生されることも確認しました。さらに、64フィート管(最低音8Hz)を有するリバプール大聖堂のパイプオルガンによる録音レコードも手に入れ、バッハ「パッサカリアとフーガ」などが、通常の32フィート管よりもさらに雄大な低音を奏でている雰囲気を味わいました。このレコードには、そのパイプオルガンで発生する1612、8Hzの音波も刻まれていましたが、残念ながらまともな音にはなりませんでした。

 とはいえ、艶のある細やかなサウンドにある程度の満足感をもってさまざまな音楽を聴きまくりました(デスクワークなので「ながら聴き」です)。しかしそのうち、オーケストラのコントラバス群の音が希薄だと感じるようになりました。チェロと重なる部分は、1オクターブ高いチェロの音がほとんどで、コンバスの音は埋もれてしまいます。僕はまたも、もどかしさを覚えはじめました。アンプを点けた状態でスピーカーのサランネットを外して見ると、口径38cmのコーン紙がわずかに前後に動いています(あとで考えると、二つの欠陥が原因でした。一つはスピーカーのエッジが柔らかすぎること、もう一つは信号音以外の電流がアンプから漏れていることです)。

 1985年、毎回購入していた季刊『ステレオサウンド』の1ページ広告に目がとまりました。個人アンプ製作者の言葉に、僕の心は惹きつけられました。



               16Hzレコードの写真
          



●オーディオシステム 新展開  (不定期連載 7)
    超ロングセラーMCカートリッジ DENON「DL-103」

                            宮 崎 弘 徳


 ところで、アナログレコードは、回転するレコードの溝に刻まれた極微の凹凸を針先がなぞることによって、針先を付けているカンチレバーが上下(および僅かに左右)に振動する際の逆起電力を利用して、小さな発電機によって発電し、電気信号をアンプに送り出して音を再生します。この、〈針先+カンチレバー+発電装置+筐体〉によって構成される「針先システム」を「カートリッジ」といい、サウンド再生における尖兵としての役割を担っているのです。したがって、カートリッジの性能によって再生音は大きく左右されます。
 また、カートリッジには発電方式によってMM型とMC型があり、後者のほうが音が良いらしいという知識は持っていたので、いつかはMC型を使ってみたいと思っていたのです。ただし、MC型を使うには昇圧トランスという機器が必要です。
 ところが、僕の手持ちのステレオ・コンポ用一体型レコードプレーヤーでは、カートリッジを付け替えることはできません。
 都合よく、というかそれを狙って購入したアンプ=ラックスマン「LX38u」は、MC型カートリッジ用の昇圧トランスを内蔵しています。ということは、カートリッジを付け替えられるレコードプレーヤーを導入しなければなりません。
 上を見れば切りがありませんが、検討の結果、ビクター製の「QL-Y5」というプレーヤーに白羽の矢(烏の羽根か(^_^;))を立てました。レコードをのせて回転させるターンテーブルの駆動方式はFG検出ダブルサーボクォーツ・コアレスDCダイレクトドライブ、先端にカートリッジを取り付けるアームはエレクトロ・ダイナミック・サーボという、マイクロコンピューター制御による最新式の製品です(アームの取り付け部に、内部にセンサーやらマイコンやらが装備されている箱が付いていますが、これは「弁当箱」と呼ばれていました)。また、先端にある、カートリッジをネジ止めする器具(「シェル」という。この材質・形状等によっても音が変わる)も交換可能な仕様のアームでしたが、当面は付属のシェルを使っていたと記憶しています。
 そして手に入れたMCカートリッジは、日本オーディオ界の傑作といわれていたDENONの「DL-103」。1960年代半ばからNHK・FMの音楽番組に使われていたカートリッジの民生用としてつくられました。以来、根強い人気に支えられ、2014年現在も製造されつづけている名器です。
 こうして、カートリッジ(レコードプレーヤー)→アンプ→スピーカーという、音の入口から出口までの(最低限の)役者がそろいました。
 さて、最終的に音波を放射し、音質を決定するのはスピーカーにほかなりません。僕が選んだタンノイ・スピーカーのサウンドは「濡れたような音、絹のような高音」などと形容されていました。その構造上の特徴は、同軸2ウェイというスピーカーユニット構成にあるとされます。
 スピーカーは、音色もさることながら、基本的には楽音に含まれる16Hz以下~20000Hz以上という広い周波数の音を再生しなければなりません。これを1本のスピーカーユニットで充分に出すことは、(現在までの技術では)不可能です。そのため普通は、高音用(ツイーター)・中音用(スコーカー)・低音用(ウーハー)それぞれのスピーカーユニットを一つのエンクロージャーに収めたスピーカーシステムとなっています。ただ、これでは音源が三つ(ステレオで六つ)になり、音像がぼやけるという考え方(聴き方)があります。その解決策として考案されたのが、受け持ち再生帯域をツイーター(高〈中〉音用)とウーハー(〈中〉低音用)の二つに分け、中心軸を1本にするという同軸2ウェイ方式だったのです。
 同軸2ウェイ方式もいろいろありますが、タンノイはツイーターの受け持ち帯域を1000Hz以上、ウーハーを約30~1000Hzと設定し(この場合の1000Hzを、「クロスオーバー周波数」という)、かつ、ウーハーの大きな振動板(コーン)をツイーターのホーン(メガフォンと同じく、音のエネルギーを集中させる)として利用しています。この構造的な連続性によって、ツイーターとしては低すぎる1000Hzという再生周波数を補ってもいるのではないかと、僕は推測しています。


        QL-Y5 


        DL-103


     タンノイのスピーカー構造断面図




●オーディオ新展開(不定期連載6) 
     定評のラックスマン真空管アンプ購入
  
                        宮崎弘徳

 

 記憶が曖昧で前後してしまいましたが、もしかしたら、「アランデル」より前にラックスマンのアンプを購入していたかもしれません。というのも、「アランデル」をシステムコンポのアンプで鳴らした光景がどうしても思い浮かばないのです。だいいちその前に、スピーカーを替えていたような気が……。

 そんなことを思いながらネットで検索していたら、目で見て思い当たるスピーカーがありました。そうそう、YAMAHAの「NS-600」というスピーカーです。YAMAHAのスピーカーは定評がありましたから、サウンドがうんと良くなることを期待したのです。定価¥59,800(1台、1981年頃)という記載があり、なんとか手に入れたのでしょう。ところがアンプは安コンポのもので、思いのほか音質も再生周波数帯域も変わらず、業を煮やして間もなくアンプを買い替えた、という経緯だったかもしれません。

 購入したアンプは、「LX38u」という真空管のプリメインアンプ。アンプ製作者として著名な者の上原晋氏が精魂込めて製作したという、僕にとってはかなりの高額品です(定価¥300,000)。ずっしりと重く見た目も美しく高級感にあふれ、いかにも力強い音を鳴らしてくれそうな趣がありました。そして、たしかに「NS-600」は、シスコンのトランジスタアンプでドライブしていたときより、深みとコクのあるサウンドになったように思います。

 とはいえ、低音域は相変わらず不満です。フルオーケストラのコントラバス群の音はほとんど聞こえません。コントラバスが奏でているであろうメロディーは、和音としてイメージしながら頭の中で鳴らすのですが、とてもとてももどかしく、スピーカー探しを続けていたわけです。

 そして、巡り会ったタンノイ「アランデル」。その置き場所は、安普請ながら今では珍しいだろう土壁の和室なので、音が吸収されすぎないよう、60cm×90cmの重いコンクリート平板を底面に敷き、背面には壁に立てかけて、音楽を鑑賞しはじめたのでした。









●オーディオ新展開(不定期連載5)  大型スピーカー購入
                              宮崎弘徳                                         
 

 借家に越したのは、たしか19778年。NHK・FM放送でクラシック番組が全盛のころでした。フリーの編集業で定期収入もなく不安定な暮らしだったので、高価なLPはほとんど買うことができず、シスコンにセットになっていたカセットデッキで、FM放送のクラシック音楽をエアチェックしまくりました。おかげで、名曲喫茶なども含めて限られた曲しか知らなかったのですが、何年かにわたって録りためた何十本ものカセットテープにより、多くの曲や作曲家、演奏者(団)、指揮者などの情報を仕入れることができました。

 しかし、サウンドに関してはもちろん不満のままです。幸か不幸か、隣の借家のご主人がオーディオマニアで、交響曲などを大音量で鳴らしていました。その意味では僕もボリュームを上げて聴くことができてよかったのですが、あるとき彼のシステムを見せてもらって、自分のステレオ装置の貧弱さにがっくりしました。システムコンポーネントではなく、マニアが所有するオープンリールのテープデッキを中心に、ウーファー口径が30cmの3ウェイスピーカー、最新のオートプレイLPプレーヤーなどが並んでいたのです。サウンドも、僕のステレオよりはるかにスケール感がありました。

 そのころ、初めて勤めた出版社時代から付き合いが続いていた製本所の社長から、独占的な月刊誌編集の仕事を紹介されました。定期収入を確保でき、他の仕事も順調に入ってくるようになって多忙を極めました。

さんさんへの おかげで、僅かながら金銭的に余裕が出てきたため、超低音が収録されている(はずの)試聴用LPを持って、あちこちのオーディオ店を聴いて回りました(当時は自家用車でしか移動できない「心臓神経症」だったので、駐車場探しなどが億劫で、秋葉原には行きませんでした)。

 吉祥寺のオーディオ店で見つけたのが、友人が持っているのと同じ「タンノイ」製の、「アランデル」というスピーカーです(写真)。ウーファー口径が憧れの38cm、同軸2ウェイで、エンクロージャーは高さ1m、幅・奥行きともに約50cm、重さ46kgという大きなものでした。試聴用のLPを鳴らしたら、パイプオルガンのペダル音らしき超低音域が僕の方へ飛んできました。その音は脳内で増幅され、麻痺するような快感を覚えながら、これで超低音が聴けるという喜びに心が躍りました。

 念のため、やはり有名な音響メーカー「JBL」のスピーカーも聴いてみましたが、やや小型だったせいもあるのか期待した低音は聞こえなかったので、選択の余地はありません。収入に比して高価だったのですが、お買い得感があり、なによりほしくてたまらなくなったので購入に至ったしだいです。

 なお、「タンノイ」は1953年に、オーディオ史に燦然と輝く「オートグラフ」というスピーカーを世に送り出したことで知られています。「オートグラフ」は、オーディオマニアとしても知られる小説家・五味康祐氏(1980年没)によって絶賛され、日本においてマニア垂涎の的となったものでした。スピーカーユニットは38cmの同軸であることに変わりはありませんが、構成部品は「アランデル」とは比べものにならないほど高級です。また、エンクロージャーの高さは150cm余りと巨大で、超低音を出すために、内部は長い音道を配した非常に複雑な構造だということです。超高価であるため僕はとうとう聴くチャンスをもつことすらできず、いまとなっては聴く気にもならないので、縁がなかったということで良しとしています。

 ところで、購入を決めた「アランデル」ですが、店内でエージングをするので納入は1週間待ってくれと言われました。さまざまな音響信号を入力し続けてスピーカーユニットを動きやすくし、音をなめらかにするためとのこと。仕方なく待つことにしましたが、3~4日後、待ちきれずにその店へ行ってようすを見ると、ガラスで仕切られた一角ですさまじい音を出していました。

 1週間後、「アランデル」がとうとうやってきました。アンプ類やLPプレーヤーを載せた棚の下に配置してもらったのですが、その際、寸法がぎりぎりだったため1台の天板にかすり傷ができてしまいました。身の切られるような思いがしたことを鮮明に記憶しています。            (つづき)



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●オーディオシステム新展開4(番外編) 大パイプオルガン「実奏」

                                   


 
2013年7月25日、東京芸術劇場の大パイプオルガンを試奏できるチャンスに恵まれました。それこそ50年にも亘る憧れだったので、とても感動的な体験でした。このことで、「超低音フェチ」が無い知恵を絞って追求した「工夫」などについて、お話しします。

 ホームページに掲載している我が家のスーパーウーハーYST-SW800の再生帯域は、18Hz~160Hz(-10db)です。しかし単独で鳴らして聞くと、ボリュームは出すけれど、反応は鈍い、ピッチはいい加減、音切れが悪いと、いいところ無しです。また、部屋の共振や干渉、定在波の問題もあり、どの程度「正確」な「低音」なのかわからないというのが実情です。
 そこで工夫したのが、JBL130Aの使い方です。最低共振周波数が37Hzなので、イコライザーによりその辺でカットしようと思ったのですが、けっきょく下はカットせずに、そのまま出しっ放しにしました。
 JBL130Aは1960年ころの製品で、能率が高くレスポンス抜群で、再生ピッチも正確、かつリニアリティに富んでいるため、37Hz未満の信号に対してもしっかり振動しているはずです。JBL130Aが、聴感上聞こえなくても37Hz未満の音域も再生しているはずなので、YST-SW800の曖昧な振動数と波形を整え、超低音域でもきちんとしたピッチらしき音を再生できると思ったのです。16Hzに関しては、ピアノで聞き慣れている32Hzの1オクターブ下と考えて聴けば、だいたいわかりますし。
 結果、予想どおりのサウンドになりました。超低音の再生はもちろん、パイプオルガン、コントラバス、大太鼓など、低音楽器の音色もけっこう鳴らし分けます。また、オーケストラ曲などでは埋没しがちなコントラバスの旋律・強弱も表現します(まったくの「妄想状態」に入ってしまいました(^_^;))。
 なお、YST-SW800を2本そろえたのは、ステレオ信号を左右に振り分ける機能があるので、低音域のより良いステレオ感を得るためでもありますが、スピーカーのエッジが幅広で振動しやすくゴソゴソと低音ノイズを出すので、1本当たりのボリューム・レベルを半減するというのが主な狙いでした。これも、ほぼ目的達成です。また、YST-SW800はミュージックモードとシアターモードの切り替えができ、前者にすると心持ち、音放れがよくなるようです。
 とはいえ、特に超低音域に関しては、限られたリスニングルームで聴いているだけでは納得できません。事実、リスニングポイントによっては低音がほとんど聞こえないところがあります。それはスピーカーと対向の壁の中間点(主リスニングルームの真ん中)です。この現象が発生するのは、スピーカーからの音波と、壁で反射する音波とが干渉して、低音域の周波数を打ち消し合っているからだと考えられます。
 そこで、窓を全開にして(無限空間にして)、超低音域の入っている聞き慣れたパイプオルガン曲を、窓の外で聴いてみました。嬉しいことに、部屋で聴くのと同じサウンドが聞こえるではありませんか! 定在波だと思っていた、特定周波数の盛り上がりもそのままで、CDに焼き付けられたものであることも確認できました(もちろんリスニングルームでは、定在波や共振・干渉が起こっていることは間違いありません)。
 我がシステムはいい線行っていると確信しました。
「確信した」とはいっても、目標であるパイプオルガンのペダル音らしいサウンドを再生しているのかどうかは、どうしても本物で聴かなければなりません。もちろん以前から、NHKホールやサントリーホール、東京芸術劇場の大パイプオルガン、さらに武蔵野文化会館や東京カテドラルなどにいって聴きました。ところが不思議なことに、最低ペダルを踏んでいるらしい奏者の脚は見えても、16Hzと感じられる音をついに捉えることができないでいたのです。
 なんとか間近で見聴きしたいものだと念願していたところ、ネットでチェックしていた東京芸術劇場の「オルガン講座」で、2分間の「オルガン試奏付き」というチケットが目にとまりました。まさか、実際に弾くチャンスがあるとは想像だにしていなかったので欣喜雀躍、さっそく購入しました。
 以来、約1ヵ月間、キーボードでバッハの「パッサカリアとフーガ:BWV582」の楽譜を単純化して自作し、左手をペダルに見立てて練習に励みました。やっと、右手用と左手用の鍵盤をそれぞれ暗譜し、両手で弾く練習を始めたところ、鍵盤から2年余り遠ざかっていた素人にはとうてい無理なもくろみであることが判明しました。
 そこで、すべてを諦めて、左手用の旋律をペダルで奏でることだけに集中することにしました。
 2013年7月25日当日は、「講義室」に入るやいなやパイプオルガン奏者用のバルコニーに案内され、鍵盤・ペダル、奏者用の椅子、そして奥に高々と聳え立っている木製の32フィート管(約10メートル)の巨大な「唄口」を目の当たりにしました。すると、そこからまさに、待ちに待った16Hzの空気の疎密波が、体を震わせ、突き抜けていくではありませんか! オルガンスタッフが最低音のペダルを踏んでくれたのです。その音色は、我がシステムの再生音が、けっこういい線行ってることを確認させてくれました(低周波ですから、音色と言えるほどの波形があるわけではありませんが)。
 何十年にも亘る念願が叶った瞬間でした!
 講師の指導で紙製の縦笛のような小さなパイプオルガンを1本作ってから、観客のいない大舞台で合奏。いい響きでした。
 そして、いよいよパイプオルガン試奏のときがやってきました。事前にYouTubeでペダルの配置とオルガニストの「フットワーク」を確認しておきましたので、実際のペダルを見たときにはなるほどと納得し、足でペダルの距離感覚をつかみます。そして手の打鍵はまったく諦め、とうとうバッハ「パッサカリアとフーガ:BWV582」の冒頭「ドソミファソラファソレミシドファソド」の旋律を弾きました。
 最後の「ド」はまさしく最低音のペダル! すぐ奥の唄口から脳髄を痺れさせるC2(C0)が轟いてくるではありませんか。練習した25小節のうちC2は3回だけでしたが、まぎれもなく「本物のパイプオルガン」を自分の足で「演奏」したのです。そして、僕がほとんどトランス状態になる16Hzというオルガンの超低音が耳から脳髄に突き抜ける快感を、味わうことができたのでした。
 2分間という持ち時間はあっという間に過ぎてしまい、後ろ髪を引かれる思いで帰宅しました。そしてすぐに、我がシステムでトン・コープマンとマリー・クレール・アランによる「パッサカリアとフーガ:BWV582」を聴きました。もちろん、エネルギーは何百分の1に過ぎないでしょうが、サウンドはたしかにパイプオルガンのそれに近い波形を描いているように感じられました。ペダル音だけではなく、高音もまた、輝かしくつややかながらも、あくまでも優雅で刺激のないサウンドに近いものです。
 僕はやっと、長年つかえていた溜飲が下がるのを感じました。ほんとに「16Hz? オルガンの音?」と疑心暗鬼だったのですが、とうとうある程度の「自信」を持つことができたのです。これからは、どなたに聴いていただいても、「これがパイプオルガンによる音楽に近いサウンドです」とお話しすることができます。
 次は、ヨーロッパの教会で演奏されるパイプオルガン・ミュージックを聴くことが目標です(僕の境遇では、とてもヨーロッパ旅行なんてできるわけもありませんが、希望だけは持っていることにします)。あの高い大伽藍に響くパイプオルガンは、どんなサウンドなのでしょうか?
 バッハはもちろん、ブクステフーデ、サン・サーンス、ヴィドール、リヒャルト・シュトラウス、メシアン、プーランク等々、数多くのオルガン曲が高貴に響き合うであろうそのサウンドを想像しながら、筆をおきます。


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オーディオ新展開  (不定期連載3)

僕が「クラシック音楽」に感動したのは、小学4年生のときでした。敗戦後まもなく、父のふるさと=長崎県諫早市にいるころで、戦前の小さな古い真空管ラジオで電波状態も悪く、聞こえるか聞こえないかの微かな音で鳴る楽曲に、心を奪われたことを覚えています(それは後に、ベートーヴェン作曲『月光』であることがわかりました)。以来、長じるにつれて、いい音で音楽を聴きたいという熱望に変わっていきました。

東京に来て、高校2年の時に家が新築され、その年に兄が大学に入ると、僕に四畳半の個室が与えられました。高校3年のころは、ご存じのように60年安保の反対運動で日本じゅうが騒然としていましたね。とにかく「全体主義」が大嫌いだった僕もデモに参加しました。そして、単に勉強嫌いにすぎなかった僕は、卑怯にも「安保」反対の文脈を利用する形で1年目は大学受験もせず、かといって受験勉強はおろか働くこともしなかったので、今で言う「ニート」状態を選択したのです。にもかかわらず、何故か両親は僕に甘く、勉強もしない僕を非難するどころか、無理を承知で頼んだコロムビア製のコンソール型ステレオを買ってくれたのです。とはいってもLPは2000円/1枚もした時代、なんとか手に入れた家庭教師のアルバイトで得た収入をはたいて、ぼちぼちと数枚のレコードを購入して、当時はそれなりに気に入っていたけれども、今思えば貧弱なサウンドで聴いていました。

少なくとも自堕落な生活ではなく、小説を書くことに情熱を傾けていたわがまま息子に目をつぶっていた両親も、さすがに業を煮やして「大学へ行きなさい」と通告してきました。働きたくない一心で、しかたなく(といっては、いろいろな意味で差し障りがありますが)3年の空白を経て、奇跡的に大学合格となったのでした。しかし、性格が変わったわけではないので授業に出ることはなく、通学(?)途中にあった「あらゑびす」という名曲喫茶に入り浸り、リクエストをしてたくさんの曲を聴いたものです。ステレオ装置は、個人では手に入れられないほどの高級なものでしたが、それでも僕には低音が物足りず、あちらこちらの名曲喫茶を聴いてまわったものです(いずれも僕にとっては低音域不足でした)。

大学の友人から紹介され、たちまち虜になって1年後にプロポーズをした彼女の父親に、「働いてもいない馬の骨に娘はやれぬ」と言われて零細出版社で働きはじめ、半年後に23歳なりたてで結婚しました。新婚で借りたアパートにはステレオを置くスペースはなく、どうしても音楽を聴きたい僕は、1ヵ月分の安給料を全部はたいてモジュールステレオを購入しました。妻が激怒したことは言うまでもありません。それでも僕は、妻の嫁入り道具である和箪笥の引き出しを2段抜きにしてモジュールステレオを置き、数少ないレコードを何度も何度も聴いていました。

それから、オーディオメーカーのコンポーネントステレオを2、3台買い替えましたが、もちろん満足なサウンドは鳴りません。

そのころ、最初に勤めた出版社でいっしょだった友人がオーディオマニアであることを知り、彼のお宅で有名な「タンノイ・バークレー」という巨大なスピーカーを見、聴かせてもらいました。彼も経済的に余裕はなく、チープなチューナーアンプでドライブしてしたので音はびっくりするほどのものではありませんでしたが、僕のオーディオ熱に火を注がれたような気持ちになったことを覚えています。

欲求不満の状態で1戸建ての借家に引っ越してから、さらにそのころ名を馳せていたビクターやYAMAHAなどのシスコンへと買い替えました。少しは低音も楽しめるようになりまし

たが、それでも満足のいくものではありませんでした。(つづく)

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●オーディオ新展開 (不定期連載2 低音フェチ)                 

 

 ところで、僕もその一人であることを任じている「オーディオ・マニア」といっても、さまざまな人たちがいます。アンプや電機部品・電子部品・ケーブル、スピーカーボックス、プレーヤーボードなどを自作する人もいれば、たくさんの機器を収集する人もいる。オーディオ店の視聴室や人の装置を聴きまくる人もいれば、古い機器に愛着を持つ人、出来合いの機器を使ってひたすら良いサウンドを追求する人もいます。こんなに多様では「オーディオ・マニア」と括ることができないように見えますが、実は共通している「嗜好」があるのです。

それは、「低音フェチ」だということです。コントラバスやパイプオルガンのペダル音など、60Hz以下の低い音を異常なほど求めてやまないのです(ちなみに、一般的な交響曲などの最低音域はコントラバスの40Hzくらいのようです)。ついには、人間の可聴帯域の最低限界、パイプオルガンの32フィート管による最低音域16Hz程度まで聴きたいのです(リバプール大聖堂のパイプオルガンは64フィート管を備えていて、8Hzまで鳴らせるそうです)。なぜそうなのか、それぞれの人の理屈を付けることはできても、ほんとうの理由はわかりません。僕の場合は、低周波が聴覚や胴体を突き抜けてゆく物理的エネルギーに陶酔するのですが。

ジャズ喫茶や、ジャズ好きでオーディオマニアの有名人などの、大きなエンクロージャーにウーハー(低音再生用)をダブルに装着したスピーカーを、テレビや新聞・雑誌などの写真でご覧になったことがあるでしょう。ジャズのリズムを支えるコントラバスを迫力ある音で聞きたいからなのです。

 僕はジャズはそれほど好きではなく、十数の愛聴曲がある程度ですが、現用の38cm口径のシングルウーハーで充分楽しむことができます。実際、小さなライブハウスなどで聴くジャズのコントラバスは、音量も圧力も化け物のように大きくはありません。それより、フルオーケストラのコントラバスの音を再現するのは容易なことではないのです。そして、有名な指揮者=ヘルベルト・フォン・カラヤンが「すべての音はコントラバスの上にのる」と述べているように、コントラバスの音をよく再現できなければクラシック音楽を、本質に迫った良いサウンドで鑑賞することはできません。さらには、バッハが多用したパイプオルガンの最低音域を感じることができなければ、バッハのメッセージを聞き取り、共感することも不可能なのです。

もちろん、どんなに高価な装置をそろえても、さらに技術が発達しても、あらゆる意味において絶対に楽器の生にかなうわけはありません。では、なぜオーディオに(ちょっと大袈裟ですが)心血を注ぐのか? 一言で言うなら「音楽を聴きたいときに聴けるから」なのです。したがって当然ながら、スピーカーから放射される音波は音楽を成していなければなりません。しかも僕がオーディオ装置で聴きたいサウンドとは、(体験したこともない)指揮者の位置で聴くかのような音です。僕の場合、このような「音楽を再生」することになんとか成功したと思うまで、金銭的な制約の中でもがきながら、なんと50年にわたる試行錯誤が必要でした。

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●オーディオ 新展開 (不定期連載1)            宮崎弘徳

 僕の最大の楽しみは、オーディオ装置で音楽を鑑賞することです。最近はNHKで放送されたオペラなどをブルーレイディスクに録画して、映像付きで視聴することも多くなりました。現在、写真の機器たちで楽しんでいます。




























 僕のオーディオ好きは50年前ころから始まりました。メディアは、初期は当然LP(アナログレコード)、次いでLP+カセットテープ、それからLPのみに戻り、さらにLP+CDへ、そして東日本大震災を期に(最盛期には4000枚ほどあった)LPを全部処分し、数ヵ月前までのCD+配信音楽(ハイレゾ音源)へと変遷してきました。

いっぽう、mixiで知り合った男性(Aさん)がやはりオーディオによる再生音のクオリティを追求していました。2~3年間やりとりしているうちに予備のアンプを何度か貸すまでに信頼できるようになった彼があるとき、mixiの「日記」に「iPodこそ最高のCDプレーヤーだ」と書き込みました。iPodも知らなかった僕は、それなりのCDプレーヤーを使っており、より良いサウンドを鳴らす方法があるなんて本気にしませんでした。

特に2年ほど前に導入したフルディジタルマルチパワーアンプは、16bit44.1kHzCDおよび、オプティカルケーブルで伝送する24bit96kHzのダウンロード音楽24bit192kHzへとアップサンプリングしてくれるので、音は密になっていました。さらにSHM CDやHQ CD、Blu-spec CDなど、数年前から発売されはじめた高品質素材のCDは音の透明度と分解能が上がり、歪みもだいぶ少なくなっていました。

とはいえ、メインのパイオニア製CDプレーヤー(ターンテーブル方式)はいつ使えなくなってもおかしくない1996年製。事実、何度も音飛びが発生しています。そのたびになんとか修理できましたが、もう部品がありません。直近の修理ではターンテーブル・シートの劣化が原因とされ、修理スタッフに教わって手作りしなければなりませんでした。そんなこんなで、もしこれが使えなくなったら、現在の僕の収入では同等のCDプレーヤーを買い替えることができないという以前からの心配が、いっそう現実味を帯びてきいたのです。

そのころまでにAさんは、iPodやらWadia170やらSOtMやら、わけのわからない機器を使って高音質を得ているという書き込みをしていました。そして、「一式を貸す」とメールしてきたのです。最初は「もうオーディオにかけるお金がない」と断りましたが、やはりCDプレーヤーの寿命と音のクオリティが併せて気になり、数ヵ月後に貸してもらうことになりました。     (つづく)















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近況、オーディオシステム紹介など       


戸山36年会の方々、お元気ですか?
僕は編集と原稿書き、小説書きをやりながら、ご覧のオーディオシステムでCD、ブルーレイディスク、DVD、PCによるクラシック音楽を鑑賞しています。オーディオ好きの方、気が向いたら聴きにきてください。
音楽鑑賞に関する僕のホームページは以下のURLです。掲示板に感想などコメントしていただけると嬉しく存じます。
 http://ryuhmon.mokuren.ne.jp/f_jnbbs2/joyful.cgi

   2012.5 宮崎弘徳


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